コラム

記事番号:T00082203
2019年2月26日15:44

 今回より「博士の雑学サイエンス」のコラムをスタートします。身近なことから経済まで、サイエンスの切り口で分かりやすく解説します。ホッと一息入れてグラス片手に読み流していただける、そんな雑学にまつわる話題をお届けしていきます。

 スコットランド、アイルランド、米国、カナダと並んで「世界5大ウイスキー」と呼ばれるまでになった日本のウイスキー。第1回目は、皆さんも何かと飲む機会が多いウイスキーを化学の目で眺めてみたいと思います。

 ウイスキーは大麦麦芽(モルト)だけを原料として単蒸留で作られるモルトウイスキー、大麦麦芽だけでなくトウモロコシなどの穀物と麦芽を原料として連続蒸留で作られるグレーンウイスキー、モルト原酒とグレーン原酒とを混ぜ合わせたブレンディッドウイスキーの3つに大別されます。

香りの秘密は木樽に

 その製法は、4年ほど前のNHKの朝の連続テレビ小説シリーズ「マッサン」(ニッカウヰスキー創業者、竹鶴政孝とその妻リタの物語)をご覧になってご存じの方も多いと思いますが、麦芽を発酵・糖化させてアルコールを生成させ、それを蒸留するものです。米国のバーボンウイスキーは、原料の半分以上が大麦ではなくトウモロコシを使うところが違います。この発酵の過程で、ウイスキー酵母やビール用のエール酵母なども使います。発酵を木樽で行うと、この樽にいる乳酸菌が各種エステルや酸などの香気成分を作り、これがさまざまなフルーティーな香りを生みます。

 モルトウイスキーでは麦汁が発酵した「もろみ」(エタノール含有量6~7%)を「ポットスチル」という銅製の単蒸留装置で2回蒸留してエタノール濃度を高めます。単蒸留なので各種微量成分も含まれるし、もろみの熱分解成分も同伴して混入します。これがウイスキーの香りと味わいになります。こうして流出した透明な流出液「ニューポット」はエタノールを60~70%含んでいます。これを木樽に詰めて熟成することによりウイスキーは琥珀(こはく)色になり、香り高いまろやかな風味になっていきます。

 スコッチはスペインのシェリー酒の古い樽やワイン樽などを主に使い、日本やその他では樫の木の新樽を内面を焼いてから使います。最近、日本では樫以外のミズナラの樽なども使い、独特の風味を持たせています。木の樽の表面を焼くことによって木質のリグニンやセルロースなどが熱分解してグルコース、クエルカスラクトンやバニリンなどの香気成分が生成し、それらが熟成中に溶け出します。また、グルコースのカラメル化や樽材の炭化を起こすことでウイスキーのあの琥珀色を生み出します。ただ、樽の成分が溶け出すのはウイスキーがゆっくりと樽に染み込んでからなので、熟成に時間がかかるわけです。エタノール濃度が約60%の時が樽の成分が一番よく溶出するそうです。

熟成と微量成分で奥深さが

 香りと味わいは微量成分に由来します。あの独特のピート臭というのはピート麦芽由来のグアイアコールというフェノール化合物によるもので、その他蒸留の加熱で生成するバラの香りのβ-ダマセノン、アーモンドの香りのフルフラール、樽材由来のタンニンの加水分解で生じるウイスキーポリフェノールなどもあり、樽材の影響はすこぶる大きいようです。

 熟成が進んだウイスキーはツンとしたところがなくなり、まろやかになりますが、これにも秘密があります。ウイスキーを熟成すると樽の成分が溶出するだけでなく、エタノールも数分子がブドウの房のようになるクラスター状態を作ります。それを水分子のクラスターが取り囲み、水和シェルを作ります。これが熟成に伴ってまろやかさを感じるとされています。

 アルコール濃度40~60%まではこの水和クラスター状態で、水で割って12~14%まではまだこの水和クラスター状態が保たれますが、それ以下になると水分子だけから成るクラスターが現れます。単にエタノールと水を混ぜただけでは決して味わえない奥深さは、数年の熟成と微量成分のもたらす珠玉のハーモニーによって初めて醸し出されるのです。

 次回ウイスキーを飲まれる時は、ちょっとこんなミクロな化学のなせる技に思いをはせながら味わってみてはいかがでしょうか。

松田立人

松田立人

化学業界ビジネスコンサルタント

京都大学卒 工学博士 一部上場の化学会社において日本と台湾の経営トップとして化学業界を熟知。研究開発、事業企画から国内外営業、人事労務に至る幅広い経験を持ちます。更に国内外に多くのビジネス人脈を有します。ワイズコンサルティング副董事長