リーガル

記事番号:T00063783
2016年4月25日16:06

 弊職は、日本企業から依頼を受け、顧客の利益およびニーズを踏まえて台湾法に合致する雇用契約書を作成することがよくある。また、雇用契約に関する紛争事件を手掛けることもしばしばである。以下の事例は、台湾で事業を経営する予定の、またはすでに経営している日本企業にご参考いただけるだろう。

 台湾企業A社は商社であり、その主な業務は、日本企業B社などの外国の顧客からの委託を受け、顧客が必要とする部品、製品をA社が台湾メーカーから購入し、そこからマージンを得るというものである。台湾人甲はA社の従業員で、主な業務内容は、B社からA社への注文書の処理、台湾メーカーとの間の連絡、および、A社の社長の指示に基づくB社への見積り提出などであった。甲は2013年初頭にA社を離職し、半年後、B社の社長に誘われてB社に入社した。14年初頭、B社は、今後は台湾メーカーからの部品、製品の購入に当たりA社を経由せず、台湾メーカーから直接購入することを決定した。

 A社は、甲が離職後にB社に入社したことは雇用契約における競業避止条項に違反していると判断した。またA社は、B社は甲がA社の台湾メーカーからの購入価格を漏らしたためA社の仕入コスト(すなわちA社の営業秘密)を把握し、そのためA社との取引の中止を決定したのだと考え、甲が雇用契約における秘密保持条項に違反したとも考えられる、と判断した。そこでA社は、甲が雇用契約における上記の条項に違反したとして、甲に対し民事訴訟を提起し、数百万台湾元の損害賠償を請求した。

明確な記載が必要

 上記の事例で、弊職は甲の訴訟代理人を務め、第一審、第二審のどちらにおいても完全勝訴の判決を勝ち取り、そしてA社の敗訴が確定した。弊所の主張により裁判官が甲は違約していないと認定した主な理由は以下のとおりである。

一.台湾の裁判所の長年にわたる判例によれば、雇用主が競業避止期間中従業員に一定の金額の補償金を支払うことは、競業避止条項の適法性要件の一つである。本件では、A社と甲の間には競業避止の約定があるものの、A社は甲にいかなる補償金も支払ったことがなかったため、当該競業避止条項は無効であり、当然に、甲は違約していないといえる。

二.台湾の営業秘密法第2条によれば、いわゆる「営業秘密」は、「秘密性(当該種類の情報に関わる一般の者が知らない情報であること)」、「経済価値を有すること(すなわち、その秘密性により実際のまたは潜在的な経済価値を有すること)」および「秘密保持措置があること(当該情報につきすでに適切な保護措置が講じられていること)」という要件を備えてはじめて、法律で保護される営業秘密となる。本件では、B社にはそもそも台湾メーカーから見積もりを取得するルートおよび能力があり、また台湾メーカーもB社に直接見積もりを出したことがあるため、当然、A社の台湾メーカーからの仕入価格は法律で保護される営業秘密ではなく、仮に甲がA社の仕入価格を漏洩(ろうえい)していたとしても、秘密保持条項の違反とはならず、ましてや、本件では、甲に漏洩行為があったことを証明するに足る証拠がない。

 以上の事例を踏まえて、日本企業には、雇用契約書の作成時には以下の点に特にご注意いただきたい。

一.競業避止条項では、一定の補償金を明確に規定しなければならず、また労働部が15年9月に公布した「労使双方による離職後の競業避止条項締結についての参考原則」によれば、補償金は離職従業員の従来の給与の50%に達していなければならず、達しない場合、競業避止条項は無効となる。

二.秘密保持条項で規定する秘密保持すべき情報が、営業秘密法第2条に規定する「営業秘密」に該当するか否か。該当しない場合、従業員に漏洩行為があったとしても裁判所は従業員に有利な認定をする可能性がある。

*本記事は、台湾ビジネス法務実務に関する一般的な情報を提供するものであり、専門的な法的助言を提供するものではありません。また、実際の法律の適用およびその影響については、特定の事実関係によって大きく異なる可能性があります。台湾ビジネス法務実務に関する具体的な法律問題についての法的助言をご希望される方は弊事務所にご相談下さい。

蘇逸修弁護士

蘇逸修弁護士

黒田日本外国法事務律師事務所

台湾大学法律学科、同大学院修士課程法律学科を卒業後、法務部調査局に入局。板橋地方検察署で、検事として犯罪調査課、法廷訴訟課、刑事執行課などの業務を歴任。2011年より黒田法律事務所にて弁護士として活躍中。