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第176回 特許共有者は特許を無償利用可能


ニュース 法律 作成日:2015年3月25日_記事番号:T00056061

産業時事の法律講座

第176回 特許共有者は特許を無償利用可能

 「工研醋」で知られる台湾最大の食酢メーカー、大安工研食品工廠(以下「工研」)は1988年、発明者であり、工研2代目の6男で、長期にわたって工研の董事を務めた許駿発氏(以下「許氏」)と共同で、「自動化半固態醱酵法及其裝置以製造具有古法釀造特質的米醋及米酒(自動化された半固体発酵法とその装置により昔ながらの方法で醸造する特質の米酢と米酒)」という特許を出願し、特許権を取得しました。当該特許の特許期間は90年〜08年でした。

 当該特許は台湾では「紹興酒」と称される、いわゆる黃酒(ホアンチュウ)を機械化された技術で醸造する特許です。黃酒は醸造の過程で麦麹を使うため、通常の透明な米酒とは異なる色がつき、また麦麹に含まれるアミノ酸が独特の香りを醸し出します。

 許氏は「工研は90年から大醇食品(以下「大醇」)に米酢の米醋製造を委託しているが、そこで使用されている製造技術は特許を侵害している」として、98年に士林地方裁判所に対して「刑事自訴」を提起しました。この大醇という企業は、工研の2代目の分家が設立した企業です。さて、この案件はその後、地裁と高裁を何度も行き来していましたが、01年の特許法改正の際に刑事責任が削除されたことで、一応の解決を見ました。

生産委託先は特許を使用できるか

 許氏はその後、02年初めに民事訴訟を提起し、大醇とその董事に対して、特許侵害の禁止と、連帯で2,309万台湾元の損害賠償請求を行いましたが、士林地方裁判所はその訴えを退けました。裁判所は判決の中で「大醇は工研からの委託を受けて各種製品を生産していたことから、係争特許の実施は、当該特許の特許共有者である工研が自ら特許を実施していたのであり、特許法の規定によれば、特許権者は自らの特許技術を実施することができるのであるから、大醇は当該特許の利用に際して何らの特許使用料も支払う必要はない」としながらも、大醇が当該特許技術を利用していたかどうかについては判断をしませんでした。

 この民事事件はその後、原告によって上告されましたが、最高裁判所は03年6月の判決で、下級裁判所の判決を支持する判断を下しました。

共有者への権利金支払い必要か

 それから8年後の11年、許氏は今度は工研に対して、民事訴訟を提起し、以下のように主張しました。

1. 裁判所はこれまでの判決の中で、大醇が米酢を製造し、本件特許を使用していることを認めている。

2. 工研は特許の共有者ではあるが、当該特許を利用し得た利益は許氏と享受しなければならない。それは例えば、家屋の共有者が自ら家屋を利用する場合でも他の共有者に対して家賃を支払わなければならないことと同じことである。

 このような許氏の訴えに対し、知的財産裁判所は12年11月に第一審判決を下しました。裁判所は判決の中で以下のように判断しています。

1. 原告の提示した証拠では、大醇の機器および製造方法が係争特許の範囲内のものであることは証明することができない。

2. たとえ被告企業が係争特許を実施していたとしても、それは当該特許の共有者である原告の同意を経た上でのことである(原告は被告企業の董事であり、被告企業の経営に参与していた。また許氏は、自ら大醇の生産を指導したことを認めている)

特許権者が自ら使用

 これに対して許氏は控訴し、控訴を受けた知的財産裁判所は、13年9月に第二審裁判所として、さらに以下のような認定を行いました。

 「特許法の目的は、一定期間の専有権を付与することで、発明者にその発明を公開させ、技術の拡散を図ることにある。しかし、特許権者が自ら特許を実施することは技術の拡散にはつながらず、また他者の発明を利用する行為ともならないため、特許制度の規制範囲内の行為ではない。従って、特許権者が自ら特許を実施することは、自ら公開した創作を利用するわけであるから、権利金を支払う必要はない」。

 その後、許氏の上告を受けた最高裁判所は15年3月6日に許氏の訴えを退けました。裁判所は判決書の中で以下のように理由を説明しています。

 「特許権は無形財産権であるため、使用収益の際に一般の物権上の問題がなければ、多数の人間が同時に使用収益を行うことができるものである」「特許権者が自ら特許を実施することは、特許の内容を公衆で享受するという特許の目的を達成できないことから、従って、特許権者が自ら特許を実施することは、自ら公開した創作を利用するわけであるから、権利金を支払う必要はない」。

 本件判決のポイントは、「特許権の共有者が特許発明を実施する際には、他の共有者に対して権利金を支払う必要はない」という、ごく当たり前に思える法理を確認したことにあります。

 さて、余談になりますが、筆者はこの17年にわたった訴訟の中で、係争特許の技術が公知技術であることを証明するため、台湾で58年に申請された特許の関連書類を、知的財産局でコピーしたことがあります。当該案件は台湾煙酒公売局(現在の台湾煙酒=TTL)の造酒エンジニアが審査委員を務め、台湾煙酒公売局が50年前後に作成した「紹興酒製造工程規範書」内の記載を理由に、特許の申請を拒絕していました。

 さて、この規範書ですが、実は日本の文献を中国語に翻訳し、紹興酒の生産に応用する内容のものでした。つまり、台湾煙酒が現在生産している紹興酒の技術は中国から渡ってきたものではなく、日本から来たものなのでしょう。さらに、造酒に使われている麹も、実は日本から来たものでしょう。

徐宏昇弁護士事務所

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