中国の圧力により日本が衝突漁船の船長を釈放した尖閣事件は、台湾でも強い注目を集め、連日経緯が詳しく報じられている。日中が摩擦を強める中、尖閣諸島(台湾名・釣魚台)の領有権を主張する立場の台湾は存在感が完全に埋没しており、「事件の最大の敗者は台湾」という指摘も出ている。一方、中国が経済を日本への脅迫手段として使ったことで、経済の対中依存が進む現状に改めて警鐘を鳴らす声もある。
呉敦義行政院長は28日の立法院答弁で、「台湾は主権を堅持しつつも、軽率な判断で取り返しのつかない事態を招いてはならない」と「慎重論」を強調した(28日=中央社)
9月7日に尖閣海域で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突で漁船の船長が逮捕されて以来、台湾は外交部が2度にわたり尖閣の主権は台湾にあると表明。14日には民間団体の抗議船が海上保安庁の巡視船に妨げられたとして日本に抗議を行った。
一方、馬英九総統は17日、メディアとの懇談で「尖閣は日清戦争後に日本に奪われたのが事実で、台湾の主張には正当性がある」と語ったものの、公には全く発言を行っていない。台湾が主権を有する領土との立場ならば、中国による「領海侵犯」にも抗議するのが筋だが、沈黙を守っている。
馬総統は海峡両岸経済協力枠組み協議(ECFA)などで中台関係の改善を進める一方、日米との経済・安全保障における関係も重要で、いかなる意思表明も得策ではないとの判断があると分析されている。仮に中国に同調した場合、日米との関係悪化を覚悟せねばならず、民意から見ても適切ではない。
こうした現状に対し著名評論家の江春男(司馬文武)氏は、「台湾は日中の争いの中で役割を見い出せず、尖閣問題で徐々に発言権を失っていく。ゲームに参加せずに最大の敗者になった」と指摘した。
台湾の取るべき方策としては姜皇池・台湾大学法律系教授が、「尖閣は台湾に属する群島であり、日清戦争の結果、台湾と一緒に日本に割譲され、日本が敗戦で台湾とともに主権を放棄した」と主張すべきと発言している。台湾の実際の関心は尖閣海域での漁業権にあり、発言力向上を希望しているが、尖閣情勢が厳しくなるほど困難さを増しそうだ。なお、尖閣は日清戦争の結果、日本に割譲された事実はなく、姜教授の主張は日本側の立場と大きく異なっている。
「ECFAの誤り、日本が証明」
尖閣事件は、中国の覇権主義への警戒感も呼び起こしている。中国がレアアース(希土類)の対日輸出を決めたと報じられたこと、および建設会社フジタの社員4人を拘束したことについて台湾教授協会社経組の林健次招集人は、「中国政府が経済を政治目的の達成の道具とすることがはっきり分かった」と述べ、台湾の中国への経済的依存を深めるECFA締結が誤りであることを日本の例が証明したと指摘した。
少ない中国の得点
なお、日本による船長釈放について台湾大手各紙は「日本の全面的無条件降伏」(25日付自由時報)、「東アジアで中国の勢力が日本を上回った」(同日付聯合報)などと評している。
一方、▽米国に尖閣を日米安保の対象と表明させた▽民主党による日米安保の再評価を促し日本を米国寄りにさせる▽アジア周辺諸国の警戒心を高めた──など、中国の失点に対する指摘も目につく。「日本による尖閣の実効支配は将来も変化がないとみられ、中国の得たメリットは体制強化だけ」と江春男氏は指摘しており、「事件の最大の勝者は米国」との分析も少なくない。