最大人口、与野党の勢力伯仲
新北市は現在の台北県で、今回直轄市への昇格に伴い改称する。同市はもともと国民党が優勢な地域で、現職の台北県長も同党の周錫瑋氏が務める。しかし、それ以前は民進党の県長が4期(16年)連続で務めており、中間層の動き次第で「泛緑(汎民進党陣営)」の勝利も可能な選挙区といえる。また、新北市は、全土で最大の人口を持つ自治体であることから、これまでの総統選では勝敗を分けるキーポイントとなってきた。さらに今回の市長選では、与野党の副主席、主席という双方の陣営を代表する人物が立候補者となっていることから、2012年の次期総統選の行方を占う上でも選挙結果に注目が集まる。
朱立倫氏―国民党きってのエリート
国民党公認候補、朱立倫氏は桃園県生まれの外省人2世で、米ニューヨーク大学で財務金融学の修士号と会計学の博士号を取得したのち、台湾大学で教鞭(きょうべん)を執るなど学者としての道を歩んでいたが、桃園県会議員、第2回国民大会の代表を父に持ち、また義理の父も台湾省議会議長、台南県長などを歴任した有力政治家であったこともあり、自らも政治家を志す。
1999年に立法委員当選。01年には桃園県長に立候補し、40歳という当時としては史上最年少の若さで県長となった。05年に再選を果たした後、08年に国民党の副主席に抜てき。これまた最年少記録を更新した。さらに09年には当時の劉兆玄内閣の総辞職を受けて、県長職を3カ月残して、呉敦義新内閣の行政副院長(副首相)に転任。記録的な速さで政治家としてのキャリアを積み上げてきた朱氏には、次期総統候補との呼び声も高い。
今回の新北市長選出馬は、現職の周県長が天下雑誌の県市別・首長施政満足度調査(10年)で最下位となるなど評価が低迷する中、国民党の期待を背負っての登板となった。
蔡英文氏―民進党初の女性主席
屏東県の客家家庭に生まれた蔡英文氏は、台湾大学(法律学専攻)、米コーネル大学法科大学院法学修士、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで法学博士を取得とエリートコースを進んだ。帰台後は政治大学、東呉大学などの教授を歴任、研究者としてのキャリアを積んだ。しかし99年、国家安全会議諮問委員に招へいされ、李登輝総統(当時)が提示した「二国論(台湾と中国を『特殊な国と国との対等な関係』とする考え方)」の起草に関わったことが政界進出への第一歩となった。
00年に誕生した民進党で、蔡氏は行政院大陸委員会(陸委会)主任委員に抜擢され、対中政策で指揮をとる。当時、立法院での論理的で隙のない答弁が評判を呼んだ。その後04年に民進党入党、比例代表選出で立法委員となり、06年には蘇貞昌内閣の副行政院長となる。
翌年、蘇内閣が総辞職した後、政治の表舞台からいったん姿を消したものの、08年の総統選で民進党の謝長廷氏が馬英九氏に惨敗した際、混乱した党の立て直しという期待を背負い、派閥色がなかったことから同党主席に女性として初めて就任。知的かつ温和な人柄で、陳水扁政権の相次ぐ汚職で失墜した民進党のイメージを改善し、09年12月の県市長選、続く立法委員補選と相次いで好結果を出し、党勢を回復させたことで評価を得た。その結果、今年5月に行われた主席改選では90%という高得票率で再選を果たし、同時に新北市長選への出馬を表明した。
中間層の若者が鍵
新北市長選の両候補は年齢も近く、ともに高学歴でクリーンなイメージを備え、さらに公約も都市交通システム(MRT)を中心とした交通網の整備や高齢者福祉など似通っており、所属政党以外に際立った違いは見られない。
しかし蔡氏には地方行政に携わった経験はなく、市長としての手腕が未知数なのに対し、朱氏は桃園県長として一定の評価を受けている。また蔡氏は当初、出馬に乗り気ではなかったが、12年の総統選に向けて党の士気を高める目的で立候補を決めたと言われており、しかも自身が総統選の同党有力候補の1人でもあるため、朱陣営から「ニセの出馬」と攻撃を受けている。
一方、朱氏は現職の周県長が非常に不人気である上、中間選挙では与党に厳しい結果が出やすいことが不安要因と言える。
新北市は5市の中で台北市とともに最激戦区となっており、最新の支持率調査でも、民進党の調査で朱氏40.3%、蔡氏39.1%、国民党寄りの中国時報でも朱氏45.6%、蔡氏41.6%とほぼ互角の戦況が伝えられている。このため、支持政党を持たない若い有権者の動向が選挙結果の鍵を握るとみられている。
【平松靖史】