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《編集長の視点》民進党政権への不満、大勝の最大要因


ニュース 政治 作成日:2008年3月23日_記事番号:T00006297

《編集長の視点》民進党政権への不満、大勝の最大要因


 国民党陣営の予想をも超えた大勝の背景には、陳水扁政権の迷走ぶりへの不満が背景にある。陳政権8年間の運営の特色の一つに、「大型選挙の前に独立色の強いイデオロギーを打ち出して、選挙を通じて権力の維持・拡大を図ろうとする」ことがある。総統選を控えた昨年後半も、陳総統自身が台湾名義による国連加盟の住民投票で独立派の支持を確保しようと、謝長廷候補よりも延々と目立ち続けた。

 

 

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 しかし、中正紀念堂の廃止などの脱蒋介石化を含め、前回の総統選で公約だった「台湾新憲法制定」を、同年末の立法委員選挙後での敗北後に「できない」と言ってしまった失態の後では、「いつもの見え透いた手」としか受け取られなかった。高雄市の都市交通システム(MRT)建設をめぐって、側近の陳哲男・前総統府副秘書長が不正収賄で起訴されたり(一審無罪)、呉淑珍総統夫人が総統府機密費をダイヤの指輪購入などに私的に流用したとして起訴されたことも、政権の腐敗として著しいイメージ悪化につながった。

 こうした一方、行政院長は8年間で延べ6人、経済部長は6人と目まぐるしく交代して政策の取り組み態勢に安定を欠いた。独立イデオロギー推進を経済・民生よりも優先させ、社会対立を助長する腐敗した政府への審判──。総統選の争点も1月の立法委員選挙と同じで、いわば「内向きの総統選」だったのだ。

対立の継続に嫌気
 
 今回の総統選のテーマの一つに、「巨大与党の誕生防止」があった。馬氏が勝利すれば、立法院の議席の3分の2位以上を国民党が抑えた上で、総統も国民党となり、けん制・監督のシステムが働かない状況となる恐れがある。これを理由として、李登輝前総統や、李遠哲中央研究院元院長が相次いで謝候補への支持を表明したが、大勢には影響がなかった。これは、これ以上激しい与野党対立は見続けたくないという心理が働いた結果ではないだろうか。

「不景気」宣伝が成功
 
 国民党は民進党の不人気を背景に、「台湾は前進する。台湾は必ず勝つ」と政権交代による社会刷新を訴えた。

 国民党が特に力を入れたのが、「経済成長率6%、1人当たり住民所得3万米ドル、失業率3%」に代表される経済浮揚と、「両岸共同市場」に代表される中台関係の改善だ。

 実は台湾の景気は良好だ。昨年の経済成長率は5.7%と04年以来の高い数値となり、株価は昨年11月に2000年以来の9,800ポイント台を記録、失業率も昨年は過去7年で最低の3.91%となるなど、好景気を謳歌(おうか)している。しかし、世界的な原油価格や基幹食糧の値上りによる消費者物価の上昇、製造業の生産拠点の中国移転、経済のグローバル化に伴う賃金上昇の抑制が進んだ結果、一般市民は経済成長の果実を感じにくくなっている。国民党は株価の大幅下落に見舞われた00年以来、一貫して「不景気は陳水扁政権が無能なため」と訴え続け、陳政権の迷走ぶりも手伝って多くの有権者がこれを信じた。

台湾アイデンティティーに接近
 
 国民党は今回の選挙に「負けたら党は終わり」という危機感をもって臨んだ。馬氏は05年、米ニューズウィークのインタビューで、「国民党の最終目標は統一」と発言したことがある。両岸共同市場の公約が、「一つの中国市場」と民進党から実際に猛攻撃を受けた事実で分かるように、総統選では「親中」のレッテルを貼られて批判されることは目に見えていた。

 このため、馬氏は台湾アイデンティティーへ接近することが、選挙で勝利する上で必須と判断したと考えられる。台湾を自転車で縦断したり、全土260以上の郷鎮を訪れ、農村や漁村の民家に泊まり込んで一般の人々の労働を手伝ったりして触れ合う「ロングステイ」を繰り返した。馬氏は勝利宣言の中で「ロングステイ」に触れ、「50万人以上の人々と触れ合い、台湾人民の期待しているのは、非常に単純な、良い生活をすること、調和のとれた社会、伝統的価値などであることが分かった」と述べている。

 こうした地方の末端の有権者との触れ合いによって、馬氏は台湾社会の価値感を再発見し、有権者も馬氏を台湾の立場に立って政策を遂行する政治家であるとの安心感を抱いたとみられる。国民党の選挙集会は、北部で行うものでも今や台湾語が中心となっており、今回はテレビコマーシャルでも台湾情緒にあふれたものが目立った。これらの台湾アイデンティティー重視姿勢なしには、馬氏はここまで大きく勝つことはできなかっただろう。

「一中市場」「チベット」、追い風吹かず
 
 馬氏の台湾アイデンティティー重視姿勢に対し、民進党は「見せかけ」という批判を浴びせ続けた。「『一つの中国市場』は将来の中台統一を招く」と非難し続け、中南部で情勢の盛り返しを狙ったが、うまくいかなかった。

 これは有権者が民進党が考えるよりも成熟していたことが理由で、「中国の労働者が台湾人の仕事を奪う」「中国の農産品が台湾の農民を失業させる」と訴えても、国民党が再三開放を強く否定しており、有権者は「両岸共同市場」はあくまでも中国との実際的な経済関係拡大の話で、民進党が説明するようなものとは違うと考えたのだ。

 また、チベット騒乱による民進党への追い風も吹かなかった。チベットは遠い中国の周辺自治区で、武力鎮圧の事態も、台湾の現状と重ね合わせて考えるには無理があると考えられた。

独立派の懸念を否定
 
 馬氏の台湾アイデンティティーへの接近が本当に選挙のための見せかけなのかどうかだが、馬氏はそれに立脚して当選したことをよく理解しているはずで、当選後さっそく「台湾を(中国に)売ることはない」と語り、独立派の懸念を打ち消している。

 馬氏の大勝からは、独自の主権とアイデンティティーを持った共同体であることが当然のこととして有権者に認識されており、台湾の立場に立つのであれば、もはや省籍を問題視しなくなった、今日の台湾の姿が浮かび上がる。「一つの中国は中華民国」を主張する馬氏が、台湾アイデンティティーを上手に取り込んでいければ、族群(エスニック・グループ)和解の一つのモデルになれる可能性もある。

(ワイズニュース)