尖閣諸島の魚釣島(沖縄県石垣市、中国語名「釣魚台」)の南10キロの日本領海内に進入した台湾の釣り船「聯合號」が海上保安庁の巡視船と衝突して沈没した事故で、馬英九政権による許世楷駐日代表の召喚、謝罪要求など強硬姿勢が日本側を困惑させている。「争議を棚上げ」して急速に歩み寄りを進める対中姿勢とは正反対で、台湾メディアから「ダブルスタンダード」「日本との関係悪化は台湾にとって損失」などの批判が出ている。
台湾は民間の抗議船「全家福6號」が16日未明に魚釣島の日本領海を再度侵犯。日本側に阻まれて上陸は果たせず、島を一周して帰投した(15日=中央社)
許駐日代表の召喚という強い措置について欧鴻錬外交部長は15日、「主に事故をめぐる日本との交渉について事情を聞くことが理由」としつつ、「当然、抗議の一種だ」と語った。欧外交部長は日本による明確な謝罪を求めたが、町村信孝官房長官は16日の記者会見で、「(漁船の沈没は)双方に問題があった。台湾側と漁船の船長に遺憾の意を表明した」と語り、謝罪要求を事実上拒否した。なお、町村官房長官は16日未明に台湾の抗議船1隻と巡視船9隻が日本の領海に侵入したことについて、「外交ルートで再三、申し入れを行ったにもかかわらず誠に遺憾だ。関係者が冷静に対処することが必要だ」と述べて台湾側に自制を求めた。
鮮明な対抗姿勢
沈没事故をめぐっては馬英九総統が12日に「釣魚台は中華民国の領土であり、日本に賠償を要求する」という声明を発表。劉兆玄行政院長も同日立法院で「日本との開戦も辞さない」という答弁を行った。欧外交部長は、対日関係の推進を目的に陳水扁政権時代に外交部に設けられた「日本事務会」の撤廃を指示した。尖閣問題での日本との鮮明な対抗姿勢は陳政権や李登輝政権では見られなかったことで、馬英九政権の中華ナショナリズムを背景にした反日思考がにじみ出ている。
政府に冷静さ求める
こうした政権の姿勢に、野党民進党は「中国に対しては意図的に主権を主張しない一方、日本に対しては強く主張しており全くのダブルスタンダード(林成蔚国際部主任)」と強く批判している。
台湾メディアは「粗暴な日本に対し、対岸(中国)と協力して釣魚台の主権を守ろう」(16日付中国時報投書)と報じる一方で、冷静な対応を望む声も多く紹介している。
15日付中国時報は、「より明確かつ有効な戦術が必要だ。法律の強化や、漁業権政策の明確化、この問題での日本との協議の推進、主権の有効な主張などがなされるべきで、単に代表を召喚したり軍艦を出動させて抗議するだけでは、『勇あって智なき』だ」と短絡的な行動を戒めた。また、「両岸(中台)関係が緩和に向かう際、対日関係を適度に調節するのはやむを得ないのかもしれないが、馬政権は果たしてどのような戦略的思考で日本と向き合おうとしているのか」と指摘し、感情に偏り過ぎることへの懸念を示した。
自由時報は15日付で張茂森東京特派員が、「日台関係は許代表の召喚によって傷付いた。時機を見て補修しなければ冷え込むだろう」とした上で、「実質的な同盟関係にある台湾と日本が事故を機に敵対すれば、最大の利益を得るのは中国だ」と警戒感を示した。
同様の見方は16日付中国時報の投書でも紹介されていて、「彼岸(中国)は依然我々の敵国である以上、日本との友好関係を発展させることは、台湾にとってアジア全体の戦略的枠組みの下で有利だ。日本からは毎年100万人の観光客が来台し、ビジネス交流や民間交流も活発で、台湾の経済と文化に大きな影響を与えている。この点を軽々しく考えるべきではない」としている。
予測通りの展開
李登輝、陳水扁と親日的な台湾人総統が20年続いた後、外省人で中華民国アイデンティティーの強い馬英九総統の誕生によって、日台関係がビジネスライクなものに変化していくという予測は従来から示されていたが、事故をめぐる馬政権の対応からは、そうした予測通りになる可能性が高いことがうかがえる。馬英九時代の台湾は中国との関係改善と軌を一にして、一定の「日本離れ」が進むとみられる。