ニュース 社会 作成日:2013年4月12日_記事番号:T00043049
日本統治時代に暮らした台湾のことが忘れられず、戦後日本に帰ってからもその思い出をわが子に語り続けていた夫婦がいた。2人は亡くなって久しいが、このほど遺骨が生前に残した遺言に基づいて高雄の海にまかれた。
福岡在住の川上筑紫さんは統治時代の末期、対米開戦後の1942年に妻とともに台湾へと渡った。台湾では林業に従事し、植林や天然繊維の研究を行った。
夫婦の娘、中山明子さんによると、当時の台湾は多くの原生林が残り、山を愛する筑紫さんは思う存分、仕事に打ち込むことができた。妻も台湾の魅力に取りつかれ、休日は夫婦で台湾の山々を巡ったそうだ。
また妻は当時、台湾料理も気に入って作り方を覚えたそうで、終戦後、日本に戻ってからもビーフンを子どもたちに食べさせていたほか、台湾人から受けた親切についてもたびたび思い返していたという。
そんな夫婦も、夫が76歳、妻が92歳でこの世を去り、既に日本でクリスチャンとしての葬儀を済ませた。しかし、2人が忘れられないほど台湾のことを愛していたことを知っていた娘の明子さんは昨年、台湾政府の駐福岡弁事処に連絡を取り協力を依頼。そして、このことを知った高雄市民政局の曽姿雯局長が支援を決めた。
台湾政府と高雄市の連携もあって夫婦の願いを果たす計画はトントン拍子に進み、先月31日に明子さんが来台。今月1日に無事、高雄港14キロメートル沖の海上で散骨を行った。
台湾を深く愛した夫婦の魂は今ごろ、2人で台湾の山々をのんびりと散歩しているのではないだろうか。
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