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《ワイズ横丁》遭難死した友に山で再会を、50年目の追悼登山/台湾


ニュース 社会 作成日:2021年7月27日_記事番号:T00097459

《ワイズ横丁》遭難死した友に山で再会を、50年目の追悼登山/台湾

 昨年末、70代の男性4人が南投県と花蓮県の県境に位置する標高3,560メートルの高山、奇萊山へと向かった。この山は、大学生だった1971年に友人5人が遭難して亡くなった場所で、半世紀ぶりに山で亡き友と再会したいと願っての登山だった。

/date/2021/07/27/19mountain_2.jpg1971年7月23日に撮影された集合写真。この渓谷での写真が最後のものとなった(26日=中央社)

 1971年7月21日、清華大学の核子工程学系(現在の工程・系統科学系)3年の柏盛亨さん、邱瑞昌さん、龔士武さん、銭迪さん、1年の呉建昌さん、物理系3年の頼淑卿さん(女性)、台湾大学物理系3年の施能健さんから成る7人のパーティーは、奇萊山登頂を目指して登山口を出発。奇萊山や合歓山(南投県など)へ向かう登山客が利用する宿泊施設「松雪楼」を経て、24日午後に山頂へ続く尾根に到着した。ところが翌25日午前3時ごろから雨風が強くなり、ラジオの天気予報を通じて台風が接近していると知った7人は撤退を決定。すぐにもと来た山道を引き返した。

 その後、天候は急激に悪化、松雪楼へたどり着いたのは台湾大学の施さんだけだった。施さんから知らせを聞いた林務局管理員の3人が6人の捜索に向かい、何とか女子学生の頼さんを救助したものの、残りの5人は山中で倒れているところを発見され、死亡が確認された。うち龔さんは松雪楼からわずか50メートル地点で見つかったという。

 遭難した学生の友人も既に70代となったが、当時のことが今も忘れられず、▽周懐樸さん、▽林思賢さん、▽杜博文さん、▽王伯輝さん──の4人は昨年12月1日、亡き友が命をかけてたどった山道をなぞろうと奇萊山の登山口を出発。彼らがキャンプを張った場所、記念撮影をした渓谷を巡って口々に一人一人の名を叫び、あの世でどう過ごしているかと呼び掛けた。

 下山時、急に雨脚が強まり、ずぶ濡れになりながらぬかるんだ山道を苦労して進むことになったが、4人には亡くなった友が遭難時に暴風雨の中で陥った困難を伝えようとしているのだと感られたそうだ。

 周さんは追悼登山について、疲労困憊したが長年の願いが叶ってすっきりしたと述べ、松雪楼へ戻った翌日、晴れやかな日差しの中に浮かんだ奇萊山に向かって友に別れを告げたと語った。

 今年7月23日、清華大学では遭難事故50周年を記念し、かつての同級生らを集めてオンラインで追悼の集いを開催した。そこには生還者の1人で現在、米国に住む頼淑卿さんも参加。当時、台風が接近していることを知りながら山に登った、十分な準備をしていなかった、などと批判を浴びたことに対し、「当時、別の台風が来ているのは知っており、進路が変わったことを確認してから登山した。さらに台風が来るとはまったく知らなかった」、「しっかりと準備もしていた」と涙ながらに訴えた。