エイサー大研究(下)―特異なビジネスモデル―


リサーチ 経営 台湾事情 作成日:2009年9月2日

Y'sの業界レポート

エイサー大研究(下)―特異なビジネスモデル―

記事番号:T00017665

 Acer(エイサー、宏碁)社が製造部門を切り離した2001年当時、年間売上高は257億元(営業利益2億9、500万元)だった。現在は世界3位、ノートパソコンのみでは世界第2位のベンダーとなっている。2008年の売上高は5463億元(営業利益140億7000万元)と、8年間で20倍以上の成長を遂げた。こうした成長は、次の四つの特徴を備えたビジネスモデルによってもたらされた。

1.製造と販売の橋渡しに特化

 Acer社はスマイル・カーブ仮説に基づき、製造(試作開発、部品生産、組立)やロジスティックス、販売から手を引いた(図6)。Acer社がこうした特化を始めたとき、パソコン業界ではDell社が始めた直販こそが最良の販売方法と考えられていた。顧客とベンダーが直結されるためだ。

 しかし、それによって発生する顧客管理コストは、ビジネスが大きくなればなるほど経営を圧迫する。これに着目したAcer社は、大手ベンダーに見捨てられた代理店との関係づくりに力を入れた。加えてAcer社は「ダイレクトSCM」を導入した。これは例えばODM企業から卸売業者に製品を直送するものである。モノとお金の流れが分離するので、納期短縮やコストの削減が実現した。(図7)

 こうした業務見直しによって、Acer社は組織をスリムに保つことができた。現在Acer社は全世界に5000人超の従業員を抱えているが、その規模はHP、Dellの数分の一程度でしかない。Acer社の営業費用比率は8%くらいで、Dellは12.7%だ。

2.マルチブランド戦略

 一つのブランドであらゆるユーザーを満足させることは極めて難しいこと。そしてブランドが一つのみで製品群が多岐にわたり、消費者に分かりにくくなってしまうこと。これらを解決するためAcer社はマルチブランド戦略を考案した。

3.低い利益率の追求

 Acer社はここ8年間、純利益率を2-3%に維持してきた。競合他社に比べると明らかに低い(表1)。しかしAcer社は、これこそが勝ち続けられる理由だと信じている。前述の営業費用の低さと相まって、製造原価率が他社よりも高い商品を販売できるからだ。Acer社の王振堂(J・T・ワン)董事長は、今後も2-3%の利益率を維持する方針を示している。

4.マーケティング指向

 パソコン市場での戦いは、マーケティング戦略やチャネル政策がキーと考えたAcer社は、スポンサー契約を多く結んできた。締結先はフェラーリ、ヤマハ発動機、インテル・ミラノ(サッカー)、2010年のバンクーバー冬季五輪、2012年のロンドン五輪などだ。チャネル政策については、営業費用の低さ故に得られる高めのマージンのうち、約6割をチャネルに分配してきた。積極的にAcer商品を売ってもらうためだ。

ネットブックに見るスピード経営

 近頃のAcer社の隆盛は、低価格ノートパソコン(ネットブック)によって一層もたらされた。同社はネットブックの後発である。Asus(華碩電脳)社が2007年10月に最初のネットブック「Eee PC 701」を発売したとき、Acer社は対抗機を持っていなかった。Acer社は2008年7月に発売した「Aspire one」からネットブックに取り組んだ。

 だが、それでもAcer社はAsus社に変わって世界ネットブック市場でトップシェアを獲得した。実用的な機種をいち早く投入したからだ。初代Eee PCは売れ行きこそ好調だったが、液晶モニターやメモリに対する不満の声が出ていた。

 これを重視した同社は2008年1月、グローバル戦略室に王振堂董事長をはじめ、ジャンフランコ・ランチ総経理、米国、欧州等各地域の責任者計9人を招集。わずか1時間の会議でAcer社はネットブックの発売を決定した。6カ月の準備を経て発売したAspire oneは、2008年第3四半期に215万台出荷された。Asus社の170万台を上回った。

 Acer社の特徴は、大手他社と比べて組織がスリムなため、経営の意思決定がスピーディーなことだ。市場から消費者ニーズをつかむや、直ちに戦略を立て、または修正し、そのコンセプトを製品に落とし込むことができる。このため、市場ニーズに合致した製品の早期導入に強みを発揮できる。

 Displaybankが2009年5月に発表した調査によると、ネットブック市場におけるAcer社のシェアは42.9%で、2位のAsus社(24.5%)、3位のHP社(6.9%)を大幅に上回る。それだけにとどまらず、Acer社はネットブック導入によって、パソコン全体の市場シェアも08年第3四半期から順調に伸ばしている(図8)。

 

ノートPCとの喰い合いを恐れない

 Acer社がネットブック市場でシェアを確保することができたのは、他のノートパソコン大手各社がネットブックが小型ノートパソコン市場を食い荒らすことを恐れ、当初、ネットブックにそれほど真剣に取り組まなかったためだ。パソコン各社の戦略ポジションは図9のように整理できる。

 Acer社はネットブックの出荷台数を増やすことで、ノートパソコン全体の出荷増、シェア拡大、ランクアップを狙っている。そのため、低価格設定で、できるだけ多くの消費者に購入してもらえるようにしている。同様な狙いを持つのは、Asus社やLenovo社である。

 一方、HPとDellは、製品ラインナップを充実させるためにネットブックを導入した。そのため、ネットブックを主力製品として取り扱っていない。ただ、Acer社がノートパソコン市場でこの大手2社に迫っているため、今後は攻勢に転じる可能性がある(図10)。東芝とNECはネットブックといえども、価格競争に参加する気がないようだ。

中国市場の開拓が課題

 Acer社は、売上高の半分をEMEA(欧州、中東)地域で得ている(図11・右図)。このため、EMEAナンバーワンの地位を維持し、それ以外の地域でシェアを拡大することが、同社の重要課題となっている。中でも中国は今後の主戦場になる。Acer社は従来、欧米を重視し中国市場を後回しにしていた。外観デザインも欧米市場向けのものが多かった。

 Acer社の中国での2008年の市場シェアは6.8%。首位のLenovo社に30.9%と大きく水をあけられているのはもちろん、HP社(17.2%)、Dell社(11.4%)、Asus社(10.2%)をも下回っている。逆に言えば、Acer社は中国市場でシェアを拡大できれば、ノートパソコン業界ナンバーワンの座を確実に手に入れられるのだ。

 そこでAcer社は、欧州で行った手法と同様に、チャネルパートナーの見直しから着手した。大手の卸売業者3社(神州数碼、英邁国際、聯強国際)に取引を集中させた。それまでは卸売業者の要求に応じて異なる商品を提供していたので、コストが高くついていた。Acer社は選定した3社に同等のリソースを与え、3社が公平な競争ができる環境をつくっている。

 Acer社はまた、Lenovoに倣って大都市だけではなく、地方にも販売拠点を網羅して、全国各地のITモールに進出する方針だ。今年3月には中国の農村への家電普及プロジェクト「家電下郷」の対象製品を選定する入札を獲得した。長期的な視点に立ち、拠点開設を4、5、6級都市レベルまで拡大する戦略を推し進めている。

 Acer社中国のオリバー・アーレンス総経理は「欧州でのチャネル経営の経験をうまく活かせば、中国でのシェア拡大は難しいことではない」と語っている。しかし、低価格のノーブランド製品、いわゆる「山寨機」が隆盛となるなど、中国市場は先進国と異なった側面があり欧州での経験を中国でうまく活かせるか注目される。

ビジネスモデルは永遠ならず

 Acer社の優位性は、業務をしぼりこみコストを抑えたビジネスモデルにある。しかし市場は常に変化しており、永遠に通用するビジネスモデルはない。つい数年前までダイレクトビジネスが成功の原動力と称賛されたDellが、顧客満足度を低下させてかつての勢いを持たないことを想起すれば、それは明らかだ。

 Acer社は2010年にノートパソコン業界のナンバーワンになると宣言した。首位を確保してライバルメーカーとの差を広げていけるかは、今後も市場動向に応じてフレキシブルにビジネスモデルや製品、販売戦略を変えられるにかかっている。

 

番外編:パソコン・ベンダーを動物に例えると...

●HP社:ライオン

百獣の王。力の象徴とされ、豊潤な資源を手中に握っている。とは言え、チャレンジャーは常に現れるもの。優位性を保つために自己を鍛え続ける必要がある。

●Dell社:象

陸上動物では最も大きい。法人向け市場では強いものの、コンシューマー向け市場に移動するには、体が大きいせいか動きが鈍い。

●Acer社:タカ 体は大きくないが、鋭いつめを持つ。空を飛び回り、相手の弱点を見つけてから襲い掛かる。

●Asus社:チーター

獲物をみつけたら、ものすごいスピードで追い掛け、すぐに手に入れたがる。

●Apple社:フェニックス

珍しい存在で、現れるたびに周りを魅了する。

●日系メーカー:コアラ

木の上で生活し、ユーカリの葉だけを食べる。安定主義になりがちで、決まった市場で活動し、ターゲットも固定している。

●MSIなどの台湾メーカー:アリ

小さすぎて力を合わせないとどうにもならない。踏みつけられて死んでしまう可能性も。

陳 逸如

陳 逸如

シニアコンサルタント

2006年にワイズコンサルティングに入社。コンサルティング、リサーチ、研修、セミナーで活躍。きめ細やかな心配りと、論理的思考力にはファンも多い。経営全般、マーケティング、人事労務のコンサルタントとして活躍している。ワイズリサーチ総経理。

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