リサーチ 経営 マーケティング 台湾事情 作成日:2025年6月24日
Y'sの業界レポート記事番号:T00122442
2025年6月21日、台湾半導体産業の中枢・新竹にある映画館で、私はドキュメンタリー映画『造山者―世紀的賭注』(英題:A Chip Odyssey)を鑑賞した。上映開始のシーンからエンドロールまで、感動と高揚が交錯し、思わず涙がこぼれそうになった。
本作は、半導体業界に関わる者にとって見逃せない作品となった。TSMC(台湾積体電路製造)の成功及びその背後にある国家、企業、個人が積み重ねてきた“見えない努力”と“決断”の軌跡を丁寧に描いている。監督の蕭菊貞氏は、5年の歳月をかけて80人を超えるキーパーソンに取材し、台湾が“半導体砂漠”から“シリコン島”へと変貌するまでの過程を、経済史と人間ドラマの両面から描いた。
1970年代、米RCA(Radio Corporation of America)からの技術導入、ITRI(工業技術研究院)の設立、そして聯華電子(UMC)やTSMCの創業へとつながる一連の動きは、単なる産業政策ではなかった。これはまさに、国家を賭けた「世紀のプロジェクト」であった。
半導体産業の起点 米RCAからの技術移転
当時の台湾は、低付加価値のOEM産業に依存する“技術空白地帯”であった。その状況を変えるには、制度整備だけでなく、人材の覚悟と国家の使命感が不可欠だった。産業を「作る」のではなく、ゼロから「創る」ための決意が、すでにこの段階から込められていた。
1976年、ITRIは米RCA社と技術移転契約を締結し、同年、4つの州(ニュージャージー、オハイオ、カリフォルニア、フロリダ)に20代を中心とするエンジニア19名を派遣。設計、製造、テスト、設備の各分野で徹底的な技術習得を行った。帰国後の1977年にはIC製造用のモデル工場「積體電路示範工廠」が完成。わずか半年で良率70%を達成し、技術移転元のRCAをも上回る成果を挙げた。
派遣メンバーには、楊丁元(華邦電子=ウィンボンド・エレクトロニクス創業メンバー)、蔡明介(聯発科技=メディアテックの董事長)、曹興誠(聯華電子=UMCの元董事長)、曽繁城(TSMCの副董事長)らが名を連ね、のちに台湾半導体産業の経営を担う人材として大きく羽ばたいていく。
▼RCAプロジェクトメンバー(写真提供:造山者-世紀的賭注 A Chip Odyssey/牽猴子公司)
水平分業モデルの採用と産業構造設計
TSMCが採用したファウンドリ専業モデルは当時、世界から「異端」と見なされた。自社ブランドを持たず、顧客ごとの製造に徹するこの戦略は、AI、スマートフォン、自動車産業のファブレス企業が主役となる現代において、まさに必要不可欠な存在となった。垂直統合が主流だった世界の中で台湾はあえて水平分業モデルを選択。これにより、柔軟性と国際協調に優れた産業構造を構築した。
日本でもRapidusを中心に半導体再興が進められているが、技術獲得だけでは不十分だ。TSMCのように「クライアントの課題に応える設計力」を制度設計に組み込むこと。単なる技術開発に留まらず、顧客・パートナーを集める“制度設計された産業構造”を備えることが、持続的競争力の鍵となる。
台湾有事は供給危機ではなく、戦略の鏡である
映画の製作期間中には新型コロナによる供給網混乱が起き、世界は半導体不足に陥った。その後、米中のハイテク覇権争いが激化し、AI技術の急速な進展にともない先端半導体の需要が一気に高まった。
この状況下、TSMCは単なる製造業の枠を超え、国際地政学における中心的存在として位置づけられた。台湾の半導体産業は「供給の論理」から「安全保障資産」へとその本質を変えつつある。ここに示されるのは、「技術は経営資源ではなく、国家の存立基盤である」とする認識である。産業戦略と国家戦略は双方向に結びつき、その製造能力は地政学的影響力そのものとなる。これこそが、現代産業構造における“新たなリアリズム”である。
賭ける者たちが創った未来
映画の終盤、TSMC創業者・張忠謀(モリス・チャン)氏が、55歳で台湾に渡り、未知の製造業にすべてを託した。その決断は、やがて「台湾の矽盾(シリコンシールド)」と呼ばれる国家的資産を築くことになる。当時、彼が政府に提出した提言には、こう記されていた「中華民国にとってVLSI(超大型集積回路)は、高コストで長期的な賭けである。この賭けに乗るべきかは、慎重に考えるべき問題だ」。
「造山」は、地殻変動によって山を生み出す地質学の用語に由来するが、『造山者』という言葉には、“産業を築き上げた人々”への深い敬意が込められている。造山者はこの“賭け”の精神がいかに国家の命運を変えるかを、静かに、しかし力強く描いている。
日本が「次のTSMC」を目指すのであれば、まず問うべきは、「社会に何を残すために、何を賭けるのか?」という根源的な問いだ。
台湾の“造山者”たちは、その問いに真正面から向き合った。今、日本の経営者に求められているのは、まさにその覚悟である。
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段婉婷
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