前回(7月11日号)、近年の製造業のパフォーマンスは過去と比較しても高く、対中投資をはじめとする海外直接投資が台湾製造業の「空洞化」を招いているとは考えにくいことを示した。それにもかかわらず、豊かになったとの「生活実感」が台湾社会で共有されていないのはなぜだろうか。
台湾では所得格差が拡大する傾向にある。所得格差の状況を示す代表的な指標にジニ係数がある。これは0に近いほど、所得格差が小さく、1に近いほど所得格差が大きいことを示す指標である。1980年時点の台湾のジニ係数は0.28だったが、その後じりじりと上昇、ITバブルが崩壊し、失業率が急上昇した01年には0.35に拡大している。その後やや低下したものの、05年時点で0.34であり、所得格差は長いスパンでみた場合、傾向的に拡大している状況にある(なお、台湾のジニ係数は日本より高く、韓国より低い)。
格差が拡大していても、低所得者層の所得が増加しているならば、過去と比べて豊かになっているという実感をある程度は持てるはずだ。そこで、所得階層別に世帯平均の実質可処分所得(各種所得から税金や社会保険料支払額などを除き、物価上昇の影響を除去したもの)と平均消費性向(可処分所得に占める消費支出の割合、その残りが貯蓄の比率となる)をみてみよう(図表)。
第1分位の世帯とは、可処分所得が最も低い20%の世帯を指す。この最貧層も90年代半ばまでは所得が増加していたが、その後所得の伸びが止まり、00年代に入ると実質可処分所得が減少している。しかも、第1分位の平均消費性向は1を超えている。つまり、貯蓄余力が失せ、貯金の取り崩しや借金で生計を立てているのである。05年半ばからのカードローンの延滞問題の遠因には、貯蓄余力を失った最貧層の所得減少があったとみてよい。
富裕層除き貯蓄余力落とす
第2~第4分位についても、第1分位ほどではないが、所得の伸び悩みと貯蓄余力の低下という類似した傾向がみられる。第5分位は、近年所得の伸びは鈍化しているが、貯蓄余力には大きな影響はない。このように、富裕層以外の世帯は貯蓄余力を落としながら生活しているのである。
01年のITバブル崩壊後の台湾の実質GDP成長率は年平均で4.6%である。台湾経済は潜在成長率程度の成長を遂げている。それほど成長率が低いわけではない。それにもかかわらず、家計がその恩恵を享受できていない理由を次回考えてみよう。
伊藤信悟(みずほ総研アジア調査部 上席主任研究員)