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作成日:2007年10月3日_記事番号:T00002949
台湾経済 潮流を読む
第7回 「両岸共同市場」をめぐる論争
台湾は再び熱い政治の季節を迎えた。07年6月24日に中国国民党(国民党)の副総統候補が蕭万長氏で確定、8月15日には民主進歩党(民進党)の副総統候補が蘇貞昌氏に決まり、正副総統候補が出そろったことで、来年3月22日の次期総統選挙に向けた舌戦が激しさを増しつつある。
舌戦の内容は多岐にわたるが、経済問題という文脈では、蕭万長氏が提起してきた「両岸共同市場」構想が大きな論戦の的となっている。蕭万長氏は、その名もまさしく「両岸共同市場基金会」の董事長である。「両岸共同市場」構想とは、「基本的にEUのモデルを参考にし、経済統合から徐々に政治統合へと向かわせる」ことを目指すものだと説明されている(両岸共同市場基金会ホームページ)。WTOルールの下、経済面における共同発展を実現し、それを通じて政治・経済両面における好循環を作り出し、中台間で長期的な安定と平和を実現するというのがその趣旨だ。
これに対して、民進党サイドは政治・経済両面から批判を加えている。①同構想は経済交流を通じて政治的自由を奪い、統一を余儀なくさせる中国側の政策(「以商囲政」・「以通促統」)を助けるものであり、「災難の始まり」となる、②ひとたび共同市場ができあがれば、中国の労働者や農産物などの中国産品が台湾に流れ込み、逆に資金は台湾から中国へと流出し、台湾の空洞化を加速させる、といった批判がその典型である(陳水扁総統の6月30日の演説)。一方、馬・蕭陣営は、民進党サイドの批判は「誠実さを欠き、自信も常識もなく、民進党の経済政策の手詰まりを示すもの(「没有誠信、没有自信、没有常識、没有作為」)」と激しい反論を行っている。そして、資金面での規制緩和、中国人観光客の受け入れ、中台間の直航の開放は進めるが、中国人労働者の受け入れは認めず、現在の820品目の中国産農産物の輸入規制を維持すると述べている。
民進党内部で議論の可能性も
「両岸共同市場」構想の提起を契機として、今後の対中経済政策をめぐり、上記のような舌戦が繰り広げられているが、果たして具体的な政策面で大きな違いが出てくるかどうかはまだよく見えない情勢だ。民進党サイドも、中台間の直航規制の緩和、中国人観光客の受け入れ拡大自体を否定しているわけではない。また、資金面の規制緩和についても、株式市場の空洞化懸念などを背景に、同党内部でも今後議論が行われる可能性はあるように思われる。
対中経済交流規制の緩和のスピードについては、両者間に態度の差があるように見える。ただし、対中経済交流規制の緩和は往々にして中国に対するカードとしての意味合いを持ち、かつ、中国側の出方によっても左右されるため、国民党であっても規制緩和のタイムスケジュールを公約として示すことは容易ではない。果たして今後、論戦が激化する過程で、規制緩和の具体策の面で違いが出てくるかどうかが注目されるところだ。
問われる論争の懐の深さ
しかしながら、それだけに論戦が終始してしまうのではもったいない。台湾が抱えている政治的・経済的難局ゆえに、対中政策の行方に対して政治家・市民が高い関心を寄せることは十分に理解できる。ただし、対中経済交流規制の緩和、堅持のいずれも台湾経済の発展を担保する万能薬ではあり得ない。台湾の高度化を促すための環境形成こそが重要である。単なる「ばら撒き」や「ネガティブキャンペーン」を超えた魅力ある具体的な経済・産業政策を双方が打ち出せるかどうか。台湾の政策論争のアリーナの「懐の深さ」が改めて試されているといえるだろう。
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟