中国における台湾系企業(「大陸台商」)の動向を把握するために、中国の某市の「台商協会」にアポ入れをした時の話である。ホームページ上で調べた番号に電話をかけたところ、テープから流れてきたのは「××市人民政府台湾事務弁公室…」という留守電であった。また、面談の際に対応してくれた方々も、台湾人ではなく、同市の台湾事務弁公室関係者であった。この「大陸台商協会」の特異性が今回のテーマである。
「大陸台商協会」は、中国で登記された台湾企業の自発的意思により設立された社会団体と規定されている(根拠法は「台湾同胞投資企業協会管理暫行弁法」)。同協会の活動内容は、
①会員間の親睦・交流促進
②中国の関係法規や経済に関する情報提供とコンサルティング
③会員と現地地方政府間の意思疎通の促進、会員の意見・提案・要求の吸い上げによる会員の合法的権利の保護
④中台間の経済交流・協力の促進
⑤社会公益活動の実施
⑥会員のビジネス・生活上の問題解決の支援
などである。
この「台商協会」が中国で初めて設立されたのは、1990年3月24日北京においてである。その後、台湾企業の対中投資の拡大に伴い、「台商協会」の数は着実に増加している。台湾側の対中国「民間」交流団体である財団法人海峡交流基金会によると、今年7月12日時点で、中国の25の省・市・自治区に合計101もの「台商協会」が設立されている(図表)。また、今年4月16日には、これらの各地に設立された「台湾協会」を束ねる色彩を持った全国的組織として「全国台湾同胞投資企業聯誼会(略称:台企聯)」が設立されている。
中国政府は他の外資系企業に対しても「外国商会管理暫行規定」に基づき同様の法人組織を設立することを許可しているが、一般にその数は厳しく制限されている(香港・マカオは除く)。日本企業の場合、法人格が与えられているのは「中国日本商会」のみであることからも、台湾企業は別格であることが分かる。こうした特別な待遇が台湾企業に与えられている背景には、中国側から見て台湾企業は外国企業ではないということもさることながら、中台間の経済的な紐帯を強めることで台湾との統一に有利な環境を形成しようという中国政府の対台湾政策があることは想像に難くない。
また、他の中国内の外資系企業組織と異なる特徴は、中国の対台湾政策を司る台湾事務弁公室の関係者が「台商協会」の重職に就いているケースが一般的である点だ。
「台湾同胞投資企業協会管理暫行弁法」第12条は、所在地政府の台湾事務部門の責任者が「台商協会」の要請に基づいて相応の職務に就くことができると規定している。そして実際に、1~3名の同弁公室関係者が「台商協会」の秘書長や副会長などを務めているケースが多いようだ(劉隆禮『中越兩地台灣商會組織與功能發展比較研究』佛光人文社會學院管理學研究所、碩士論文、2004年)。上記「台企聯」においても、名誉会長に国務院台湾事務弁公室の陳雲林主任が就任しており、常務副会長8名のうち2名が同弁公室経済局長、経済局副局長により担われている。冒頭で「台商協会」に電話したところ、「台湾事務弁公室」の留守電が流れ、同関係者が面談に現れたというエピソードを紹介したが、それも、こうした背景があってのことである。
では、台湾企業はこの「大陸台商協会」をどのように活用しているのか、日本企業にとって「大陸台商協会」はどのような意味を持ち得るのだろうか。次回はこの点について紹介、検討することにしたい。
みずほ総合研究所 アジア調査部 伊藤信悟