台湾製造業は空洞化に陥っておらず、対中投資はむしろ全体としてみれば台湾製造業の発展を促す役割を果たし、それが近年の製造業の高い成長率につながっていることを見てきた。ただし、空洞化の危機が永遠に訪れないというわけではない。そのような状況に陥らないよう、さらなる高度化に向けた取り組みが必要であることは論を待たない。教育・研究機関のレベルアップ、人材育成の強化、産学連携の円滑化、先進的な技術の開発・導入の強化、全般的な投資環境の改善など、効果が短期間では見えにくい地道な措置ではあるが、イノベーションを促すための諸策を着実に講じていかねばならない。
では、対中投資規制は空洞化を避けるための手段として有効なのだろうか。
台湾政府が対中投資を制限してきたことは周知のとおりである。その理由は、空洞化回避、政治対立を抱える中国への経済依存度の高まりや技術流出の回避である。対中投資禁止業種の数は減少傾向をたどってはいるが、依然101品目が禁止対象となっているし、「一般類」に分類されている品目でも審査の結果によっては対中投資が許可されないケースもある。また、企業の形態や資本金の規模による対中投資の累計額の上限が設定されている(図表)。
しかし、中国での事業拡大に成功した台湾企業が増えるに伴い、この対中投資累計額の上限が台湾企業にとって大きなネックとなっている。台湾では中小企業だったが、中国で大きく成長した台湾企業の場合、この上限規定がある以上、台湾での上場は困難である。また、そうでなくとも、この上限規定があるため、対中投資のさらなる拡大が困難となり、それを避けるために、中国事業を台湾本社から切り離して香港などに上場させる台湾企業も増加している。
実際、香港上場の台湾系企業は2005年の鴻海グループ富士康の上場が呼び水になる形で増加し、07年8月14日現在55社に達していると伝えられている(『経済日報』07年8月15日)。香港上場を狙っている台湾系企業の数についてはさまざまな報道がなされているが、この動きは今後も続く可能性が高い。その一方で、台湾株式市場の上場企業数は04年末時点の697社から現在は678社に減少しており、台湾株式市場の「空洞化」を懸念する声も強まっている。
対中投資累計額に対する規制が台湾内での高度化努力、台湾への投資を促す誘因になることは考えにくい。高度化や台湾での投資を促すためには、冒頭で挙げた「王道」とも呼べる政策が何よりも求められる。規制を残しても、投資先が中国から他国に移るだけになる可能性もある。台湾株式市場の空洞化という弊害をもたらす恐れがあることが強く認識されるようになってきているだけに、対中投資累計額規制は今後見直しの対象として今まで以上に議論されることになりそうだ。
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟