第2回 『KANO』が描くアイデンティティー


ニュース 社会 2014年3月6日

編集長のニュースに肉迫!

第2回 『KANO』が描くアイデンティティー

記事番号:T00048984

 本紙のニュースでも報じたが、先月27日に封切られた台湾映画『KANO』が大人気となっている。228和平紀念日の3連休は各地の映画館に観客が詰め掛け、興行収入は最初の5日間で7,300万台湾元(約2億5,000万円)を超えた。

 『KANO』は日本統治時代の1931年(昭和6年)、台湾代表として甲子園(第17回全国中等学校優勝野球大会)に出場し、本土の強豪校を次々と破って準優勝の快挙を成し遂げた嘉義農林学校(現・国立嘉義大学)の実話を基にした映画だ。原住民出身の馬志翔監督(36)に、『海角七号』『セデック・バレ』を監督としてヒットさせた魏徳聖氏(44)が今回はプロデューサーとしてコンビを組み制作した。


予想通り一部で「日本に媚びている」との批判も出たが、実際は「台湾を愛する映画」だ(YSN)

 嘉義農林野球部は当初素人同然の実力しかなく、練習環境も劣悪だったが、近藤兵太郎監督のスパルタ指導の下、猛練習を重ねて強いチームに生まれ変わっていった。台湾で最も人気の高いスポーツである野球を題材に、苦しい状況の下でも粘り強く頑張る、台湾人が自らの美点とする精神が実を結んだことが全編を通じて肯定的に描かれている。当時は同じ国だったが、日本という海外の高校野球大会で好成績を挙げ高い評価を受けたという点も台湾人のプライドを高揚させる要素だ。

 嘉義農林は日本人、漢人、原住民の3つの異なる人種による混成チームで、その活躍には族群(エスニックグループ)の違いを越えて協力し成果を収めるという、台湾人の潜在的な理想を読み取ることもできる。

歴史の断絶を埋める

 『KANO』はまた、日本統治時代を知る上で良い教材だ。魏徳聖プロデューサーは嘉義農林が活躍した30〜35年を「台湾にとって最も美しい時代だった」と語る。日本による統治も35年以上が過ぎて社会が安定し、農業、工業が発展、経済的な余裕が生まれたことがスポーツや文化の振興をもたらし、嘉義農林の躍進の背景になったという。そして、台湾の若い世代が当時の映像を見る機会は非常に少ないのだ。

 日本統治時代については馬英九政権が昨年、公文書での表記を従来の「日治(日本による統治)」から「日拠(日本による占拠)」に変更したように、いまだ評価をめぐってコンセンサスが定まっていない。国民党政権は戦後、台湾史を教えず中国史を教えてきたため、今の30代後半以上の世代が学校で習った日本統治時代は、日清戦争の次に来るのは霧社事件といった具合で具体的なイメージがつかめないのだ。だが、日本統治時代は台湾という共同体が初めて形成された時期であり、近代社会の土台となった経済発展や、今に通じる台湾人の価値観がどのように形作られたかを理解するにはこの時代を知ることが不可欠だ。

 そして映画では、嘉南大圳の完成に代表される当時の発展ぶりや、日本本土との連結性に加え、日本人教育者(近藤監督)が台湾人の教育に心血を注いだこと、公の場では日本語だが家庭では台湾語など族群の言葉を使っていたこと、さらに台湾人は日本人から一段低く見られていたこと(甲子園で新聞記者が失礼な質問をする)も含め、現在の台湾人が祖父母から聞いたり、どこかで一度は耳にしたことがあるような台湾の共同体としての記憶がそのまま描かれている。若い世代にとっては『KANO』の映像に接することで、国民党の中国人化教育によって断絶させられた祖父母の世代の記憶をたぐり寄せることができるのだ。

 台湾人アイデンティティーが政権によって否定されるこの時代、その淵源の記憶を提示し、若者たちがスポーツを通じて成長、海外で大活躍、郷土の人々の心を一つにするといったストーリーが共感を呼ばないわけがない。『KANO』は台湾人が自らのアイデンティーを探り、肯定される喜びを描いた映画なのだ。是非とも『海角七号』を抜いて台湾映画の興行収入歴代1位になってもらいたいと思う。

日本人にとっても新鮮

 『KANO』は日本人にとっても新鮮だ。中国・韓国によって日本の過去に対する一方的かつ歪んだ見方を日々押し付けられているため、そうした観点とは真逆の映画が植民地統治の当事者である台湾から登場することに、台湾事情を知ってはいてもやはり驚きがあるためだ。

 映画では球児たちが八田與一の乗った作業車を見付けて駆け寄るシーンが登場する。慕われ過ぎで、日本人に対する親近感の描写がわざとらしいのではないかと一瞬思ったが、不毛の地だった嘉南平野を一大穀倉地帯に変えた功績から地元住民が戦後八田の銅像を国民党政府に破壊されないよう隠して守り続けた事実、今も毎年慰霊祭が行われている事実から、住民たちが当時八田を慕っていたことは疑いなく、そのことを描いたのだと理解した。馬監督・魏プロデューサーの歴史に対する真剣さには頭が下がる。

 在台日本人にとっては必見の映画と言える。台湾映画でありながらセリフの大部分が日本語で、言葉の障壁はほとんどない。また、日本全国で公開され、こうした映画が台湾で大ヒットしたことが広く知られてほしいと願う。

ワイズニュース編集長 吉川直矢

 

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