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第5回 「反サービス貿易協定」デモが突き付けた「民主主義」


ニュース 政治 作成日:2014年4月3日_記事番号:T00049546

ニュースに肉迫!

第5回 「反サービス貿易協定」デモが突き付けた「民主主義」

  3月30日。228和平公園で路線バスを降りると、中台サービス貿易協定に反対したり馬英九総統を批判するスローガンをプリントした黒いシャツを着た学生や市民が通りにあふれていた。ニュースを見た人は「サービス貿易協定の撤回を求める」市民が数十万人も台北市中心部に集まり驚いたことだろう。しかし、参加者に話を聞いてみると意外な答えが返ってきた。

 
台湾の民主主義形成には住民運動が大きな役割を果たしてきた(YSN)

 「この自由貿易時代、協定は切迫的に必要だ」。清華大学の友人と3人でデモに参加した台湾大学の男子学生は、「退回服貿」とは逆の話を強調した。ならばなぜデモに参加したのか。「この協定は最初から徹底的に密室で決められた。民主政治社会では政府と人民の間で合理的なコミュニケーションが不可欠だ」と学生。筆者は現場で「サービス貿易協定問題で最も許せないことは何か」と尋ねて回ったが、取材に応じてくれた8人中6人までが「密室」を挙げた。協定自体への賛否は半々に分かれた。協定への反対は多勢ではなく、求めていたのは「民主主義」だったのだ。

既に半分開放

 誤解されている方も多いようだが、台湾はサービス貿易協定によって初めて中国にサービス分野への投資を開放するわけではない。

 既に2012年3月までに全サービス業316項目のうち160項目を開放しており、中国の銀行や航空会社、レストランなどが台湾に進出済みだ。しかもサービス貿易協定に盛り込まれたうちの27項目は既に開放済みで、事実上半分「発効」しているのだ。立法院の承認を経て正式発効すれば、旅行会社や平面広告、印刷、レンタカー、老人ホーム、美容室、クリーニング、葬儀場など24項目が追加開放されるだけだ。中国からの投資移民、労働者の就労、永久居留権を認めないなど、現行の中国資本に対する管理制度は一切変更しない一方、台湾企業は中国市場で銀行、証券、陸運、通信、文化、観光などの分野で開放範囲拡大の恩恵を受ける。学生運動グループは立法院占拠後、「協定撤回」に主張を格上げしたが、協定そのものにどのような問題があるのか具体的な説明をするべきだろう。

民主主義の新局面

 学生運動が起きた背景に、対中傾斜を深める馬政権への幅広い懸念があることは前回伝えた(http://www.ys-consulting.com.tw/news/49395.html)。大規模デモ参加者に「密室」を問題視した回答が最も多かったことから、今のような対中接近を続ければやがて中国に取り込まれてしまう恐れがあり、政権に対しチェック機能を働かせなければならないという危機感が共有されていたと思われる。これは台湾の民主主義にとって新しい局面だ。

 対中関係の在り方をめぐって与野党対立の激しい台湾ではこれまで、民主主義とは「勝った方がすべて思い通りにやる」ことを意味していた。トクヴィルの「多数派による専制」の定義通りで、陳水扁政権も馬政権も選挙結果の正当性を盾に、野党からどれほど批判を浴びようが信じる方針の下で政策を実行してきた。

 しかし、大型デモが突き付けたのは、選挙で政権を選ぶにとどまらない「監督する民主主義」だ。台湾にとって死活的に重要な対中関係に関するイシューには住民による一定のコンセンサスが必要という主張で、今回は「中台協定に対する監督メカニズムの法制化」として結実しそうだ。現状では中台間で協定を結ぶ場合、事前に立法院と協議するかや影響評価を行うかなどについて何ら明文規定がなく、馬政権は「多数派による専制」の下、内容を一切公開しないまま中国と協定を調印していた。

若者たちに推進期待

 馬総統は1日、立法院占拠事件に対し「必ず法的対処を行う」と発言した。近く強制排除やリーダーらの拘束が行われるのかもしれない。彼らは法的責任を取らされるだろうが、その提示した「監督する民主主義」の思想を政治が取り込めていければ、台湾民主主義の成熟に大きく貢献するのではないか。

 台湾の民主政治はまだ20年ほどで歴史は浅いが、総統から里長(町内会長に相当)まですべて選挙で決める「選ぶ民主主義」は既に立派に完成している。異なる立場同士でコンセンサスが非常に取りにくく、厳しい試行錯誤がありそうだが、政権と市民の間で「監督する民主主義」の重要性に共通認識を育てていければ、政策決定・実行の在り方が改善されよう。

 この問題提起ができたのは、今回登場した若者たちが「多数派による専制」の政治文化に染まっていなかったことが大きいと思われる。「監督する民主主義」の推進には、新たな世代が重要な役割を果たしていきそうな気がしてならない。

ワイズニュース編集長 吉川直矢

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