ニュース 法律 作成日:2016年1月18日_記事番号:T00061533
知っておこう台湾法基本的には、雇用主が従業員と協議せず、一方的に会社の就業規則を変更する場合において、その変更後の内容が従業員にとって著しく不利であるときには、変更に反対を表明する従業員を拘束することはできない。しかし、例外的に、雇用主が行った変更が経営上必要なもので、かつ、その変更が合理性を有するときには、反対を表明する従業員を拘束することができるとされるケースもある。
台北地方裁判所2011年度重労訴字第8号民事判決(13年9月18日)は上記のような例外を認めた裁判例である。
本件の概要は、次の通りである。
原告甲は被告乙の従業員であったが、甲は、乙が事前に従業員と協議せず、一方的に業績評価および人事考課の方法、従業員の業績賞与、並びに成績考課賞与の根拠となる会社の就業規則を変更し、当該変更により、甲を含む多数の労働者の受け取る賞与が大幅に減額されたと主張した。
また、甲は、賞与は従業員の賃金の一部であるため、乙が賃金を引下げようとする場合には、従業員の同意を得なければならないこと、および、乙が一方的に会社の就業規則を変更したことで従業員が不利益を被っており、乙の当該変更行為は労働基準法上の「不利益変更禁止の原則」に違反していると主張した。
さらに、以上を根拠として、甲は、乙による変更は無効であり、また、乙は甲に対して就業規則が変更されたことにより減額された賞与を支払うべきであると主張した。
「賃金ではなく、一方的に変更できる」
裁判所は審理の上、以下の通り判断した。
まず、労働基準法第2条の規定によると、同条の「賃金」とは、労働者が労働により受け取る報酬をいい、賞与、手当およびその他名称のいかんを問わない経常的給付が含まれる。しかし、本件の「賞与」については、被告の変更前の就業規則に、「一定の基準に達しない場合には、業績賞与を支給しない。」、「従業員は会社の規定に基づき、賞与を受け取ることができる。」等の規定があったことから、本件の「賞与」の支給には一定の条件があり、また、支給「しなければならない」ということではないため、労働基準法における「経常的給付」には該当せず、乙の就業規則に規定されている賞与は、労働基準法における「賃金」ではない。
次に、就業規則に定める賞与等の従業員の福利厚生は、従業員の利益のほか、雇用主の経営利益等も考慮しなければならず、合理性がある場合には、賞与を支給する対象、資格等に関して、雇用主が一方的に変更または制限を加えることが許され、かつ、反対する従業員を拘束することができる。
なお、合理性については、労働者が就業規則の変更により被った不利益の程度、就業規則変更の必要性等を裁判所が総合的に判断するものとする。
本件の就業規則には、賞与の支給方法は董事会が決定する等の内容が変更前から記載されており、変更の内容は甲の利益を過度に剝奪するものではなく、その変更には合理性があり、また、不利益変更禁止の原則にも違反していない。従って、甲は本件における就業規則の変更による拘束を受ける。
ケースによっては注意が必要
上記のケースのように、労働者の承諾を得ない就業規則の変更が認められる場合もあり、一定の場合には、合理性があれば、労働者の承諾を得ない就業規則の変更が認められる可能性がある。
しかし、上記のケースは、賞与が労働基準法上の「賃金」には該当しないという事情があったことが、大きな要因の一つである可能性がある。そのため、どんな場合でも、労働者の承諾を得ない就業規則の変更が認められるわけではないことに注意が必要である。
コラム執筆者
黒田法律事務所 尾上由紀弁護士
早稲田大学法学部卒業。2007年黒田法律事務所に入所後、企業買収、資本・業務提携に関する業務、海外取引に関する業務、労務等の一般企業法務を中心として、幅広い案件を手掛ける。主な取扱案件には、海外メーカーによる日本メーカーの買収案件、日本の情報通信会社による海外の情報通信会社への投資案件、国内企業の買収案件等がある。台湾案件についても多くの実務経験を持ち、日本企業と台湾企業間の買収、資本・業務提携等の案件で、日本企業のアドバイザー、代理人として携わった。クライアントへ最良のサービスを提供するため、これらの業務だけでなく他の分野の業務にも積極的に取り組むべく、日々研鑽を積んでいる。
黒田法律事務所・黒田特許事務所
1995年に設立、現在日本、台湾、中国の3カ所に拠点を持ち、中国法務に強い。 現在、13名の弁護士、6名の中国弁護士、2名の台湾弁護士、1名の米国弁護士及び代表弁護士を含む2名の弁理士が在籍しており、執務体制も厚い。
http://www.kuroda-law.gr.jp/ja/tw/
尾上由紀弁護士
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