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第66回 トランプ大統領の「ヘアピンカーブ」、台湾はリスク低下


ニュース 政治 作成日:2017年2月17日_記事番号:T00069020

ニュースに肉迫!

第66回 トランプ大統領の「ヘアピンカーブ」、台湾はリスク低下

 ホワイトハウスは先週9日、トランプ米大統領と習近平中国国家主席が電話で会談し、大統領が習主席の求めに応じて「一つの中国政策」を尊重すると発言したと公表した(President Trump agreed, at the request of President Xi, to honor our "one China"policy)。

 11日付聨合報はこの発表を「重大な逆転(significant reversal)」と伝えたニューヨーク・タイムズを引用して「トランプのヘアピンカーブ」という見出しで報じた。蔡英文政権が発足した際、海峡両岸経済協力枠組み協定(ECFA)をはじめそれまで批判していた馬英九政権の政策を継承したため、国民党陣営から急転換ぶりを「ヘアピンカーブ」と皮肉られ、当時ちょっとした流行語になったが、蔡総統との電話会談で世界を驚かせたトランプ大統領の「一つの中国」発言も、同様の大幅な変更と表現したのだ。

米中関係、悪化を回避

 ただ、この転換は予測されていたことでもあり、台湾では冷静に受け止められた。台湾は米国による「一つの中国政策」の見直しが期待できなくなったため不利になるどころか、むしろ米中対立の前線に立たせられる当面のリスクが低下したため、ほっと一息をついた。米国は、親台湾派の多いトランプ政権といえども、「中国か台湾か」というかつての冷戦時代の思考が成り立たないことも浮き彫りにした。

 昨年12月のトランプ・蔡電話会談と、トランプ氏が「一つの中国」政策に疑問を投げ掛けたのと前後して、中国は「一つの中国」は核心的利益で交渉不可能との立場を示しつつ、空母遼寧や戦闘機を台湾の周囲に巡らせて米台をけん制。米国による台湾問題介入を防ぐため、台湾への武力行使の根拠である反国家分裂法の改正を検討しているとの情報も伝えられた。

 仮にトランプ大統領が「一つの中国」に曖昧な態度を取り続けていた場合、台湾は中国からのさらに強い圧力にさらされたに違いない。米中対立が深刻化すれば、台湾が米国の対中交渉の手駒として使われる危険性が高まるとの懸念も指摘されていた。ゆえに、トランプ大統領が今回「一つの中国政策」の継続を表明したことは、米中関係の悪化を回避させ、台湾海峡の緊張を低下させる効果があった。

「米台はアクシデントゼロ」

/date/2017/02/17/20newscolumn1_2.jpgトランプ大統領の「一つの中国政策」順守方針は、オバマ前政権で国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長を務めたエバン・メディロス氏(左1)ら米国のアジア外交に携わる識者らに一様に歓迎された(中央社)

 トランプ大統領は今回、「台湾は中国の一部分であり、中華人民共和国が全中国を代表する唯一の合法的政府である」とする中国の「一つの中国の原則」を認めたわけではなく、米国が1972年以来奉じてきた、同国の「一つの中国政策」の継続を表明したにすぎない。「一つの中国政策」とは「米国は海峡両岸の中国人が台湾は中国の一部分と認識していることを知り置き、それに異議を挟まない。また、台湾問題が中国人自身で平和的に解決されることへの関心を表明する」というもので、中華人民共和国による台湾への主権に関しては曖昧なままにしてある。

 米国は従来の政策を変更したわけではないため、蔡政権は台湾に実害はなく、不利になってもいないとの認識だ。黄重諺総統府報道官はトランプ発言に対し、「米台双方は密接な連携を取ると同時に『アクシデントゼロ(零意外)』のとても良い手法を維持している。米国政府による度重なる台湾への支持と台湾関係法の約束に感謝する」と述べた。「アクシデントゼロ」という表現からは、トランプ・習電話会談に先立って台湾側への説明があったことがうかがえる。

 「一つの中国」は現在の台湾市民、特に若い世代にとって心情的に共感できる概念ではなくなっている。それでも、台湾海峡を安定させる枠組みとしては極めて有効であることが再確認されたのが、トランプ・蔡電話会談から今回の「一つの中国政策」継承表明までの流れだったといえる。

 なお、民進党の羅致政立法委員は、ティラーソン米国務長官が先日、「米国は台湾への兵器売却に終了期限を設けない」「台湾関係法の条項を修正しない」などの「6項目の保証」が既に米国の台湾海峡政策の基盤になったと発言したことに触れ、台湾にとっては「6項目の保証」の方が「一つの中国政策」よりも重要であり、台湾がトランプ政権で不利益を被ることはないとの認識を示した。

/date/2017/02/17/20newscolumn2_2.jpg米国在台協会(AIT)が今年台北市内湖に設置する新事務所には、従来は在外大使館にしか置いてこなかった海兵隊を駐留させる方針が伝えられた。台湾との関係を着実に発展させる意図を反映した措置といえる(中央社)

対中姿勢、依然観察が必要

 トランプ・習会談に対しニューヨーク・タイムズは識者の声を交えて、「経済的現実の前に中国に譲歩した。トランプはより協調的な政策を採り、中国は彼を見下すだろう」と伝えた。

 だが、果たしてそうだろうか。トランプ大統領は単に既定路線を変更しないと表明しただけだ。そもそも本気で「一つの中国政策」を見直す気があったのかも疑わしい。「一つの中国政策」表明は、あくまで米中対話と台湾海峡の安定した枠組みを維持することが目的で、そのことが貿易問題や南シナ海問題、北朝鮮問題でも中国と協調することにつながると考えるのは早計ではないか。

 蔡政権はトランプ・蔡電話会談後、中国が反発を強める中でひたすら低姿勢に徹してきた。当面の「一つの中国」リスクは回避できたものの、トランプ大統領が中国に対し強い姿勢を取る可能性は依然残されている。蔡政権はこれまで通りの慎重さを保ち、米中関係の変化に対応しつつ、その中で自身の利益の最大化を図ることが賢明だろう。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。

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