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第71回 蔡政権試練の1年、対中関係は「悪化でも不満」


ニュース 政治 作成日:2017年5月12日_記事番号:T00070527

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第71回 蔡政権試練の1年、対中関係は「悪化でも不満」

 蔡英文政権の発足から来週20日で満1年を迎える。民進党が初めて多数与党となり、多くの政策課題に意欲的に取り組んできたものの、各種世論調査で蔡総統は低評価に沈んでいる。今回はこの世論について考えてみたい。

/date/2017/05/12/20newscolumn_2.jpg中国は今後台湾への圧力をより強めるとみられ、蔡総統は対応能力がさらに厳しく問われる可能性がある(22日=中央社)

 蔡政権がこの1年間注力してきた政策の上位3つとして、▽週休2日制(一例一休)導入▽国民党資産の清算▽年金改革──が挙げられる。これを9年前の馬英九前政権の1年目と比較すると、当時の最重要政策は中台対話の再開で、これに伴い、▽中台直航▽中国人観光客の台湾観光開放▽中国資本に対する台湾投資の開放──などを相次いで実現させた。馬前総統は当時、中国との関係改善を軸に台湾に新たな経済発展の材料をもたらすことに集中したが、蔡総統の1年目の3大政策は、それ自体は経済成長や市民の所得向上には何ら貢献しない。一例一休は労働者の働き過ぎを是正することが目的であるものの、「労働者、企業、消費者の三者全敗の政策」などと酷評され、むしろ政権の評価を落とす方に貢献してしまっている。

 蔡政権は今年になって、地方での鉄道建設を中心とした大型インフラ整備計画「前瞻基礎建設計画」を打ち出した。就任前から掲げている「新南向政策」は、東南アジアなどとの関係強化を通じて台湾の商機拡大を図るものだ。これら経済発展を目指すためのものを含めて、重要政策に軒並み中国関連の要素を取り入れていないことが特徴だ。

中国要素を排除

 蔡総統は昨年の総統選の勝利によって、「1992年の共通認識(92共識)」を認めないことに有権者の承認が得られたと考えているとされる。中国との対話が停止した現状は想定の範囲内であろうし、そこで推進する重要政策が中国要素を排除したものになるのは当然だろう。

 昨年は台湾経済のパイを拡大する発想があるのか疑念が持たれたが、今年を「建設の年」と位置付けて内需拡大に取り組むことや、引き続き産業高度化を目指すこと(5大創新計画)、新興国での機会拡大を図ることは、いずれも台湾経済の現状からみて的を得た方針で、中国要素を期待しない中でいかに発展を図るかを熟考したものといえる。

郭台銘氏に負ける?

 それでも世論は蔡政権の対中政策に不満だ。Yahoo奇摩新聞が今週9日に発表した蔡政権1周年に関するアンケート調査では、「最も不満な政策」の項目で「中台関係」が2位(36.2%)にランクインした(1位は「一例一休」で65.2%)。対中関係で蔡総統の手腕は馬前総統に劣るとの評価は5割を超える。ちなみに中国時報系の『時報週刊』は先週、仮にあす総統選の投票が行われ、鴻海精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)董事長が国民党系を代表して立候補した場合、支持率35%対24%で蔡総統に勝つと報じた。郭氏に総統の資質があるかはともかく、中国と関係の深い企業家が優位というのは象徴的だ。

 馬前総統の対中傾斜を拒否して蔡総統に交代させた台湾の有権者は、蔡政権では対中関係が行き詰まることは十分予測できたのに、その通りになってもやはり不満というのが現状といえるだろう。中国は台湾統一を目指し、国際社会で台湾に圧力をかける「敵」でありながら、同時に台湾経済の成長エンジンでもある。中国要素は多大なビジネスチャンスを含んでおり、交流が順調だった馬前政権の直後だけに、対中ビジネスに関わる多くの台湾人が、機会が得られないもどかしさを実感しているのではないか。アンケート調査で、民進党の支持基盤である中南部で蔡政権に対し批判的な数字がより強く出るのは、経済力が北部に比べて弱く、中国要素の影響がより強いためとみられる。

ジレンマの反映

 蔡政権は以上で見たように対中関係で評価を落としているのが現状だが、これは中国に近づき過ぎても遠ざかり過ぎても批判を受ける台湾のジレンマの反映であり、政策の不手際とはいえないと筆者は考える。民進党は、「92共識」の踏み絵を迫り続けるのであれば中国を敬遠しておきたいところだろうが、「安定した中台関係」は「独自の主権維持」に次ぐ台湾の重要な民意であり、放っておくと政権運営手腕が問われてしまう。ただ、同党にとって依然困難な課題であり、蔡政権は2年目を迎えるに当たって、当面は内政改革と経済政策で着実に成果を挙げて、手腕への信頼回復を図ることに力を注ぐべきだろう。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。

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