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第70回 統独首狩り合戦、蒋介石と八田與一


ニュース 政治 作成日:2017年4月24日_記事番号:T00070183

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第70回 統独首狩り合戦、蒋介石と八田與一

 22日、陽明山公園(台北市北投区)の蒋介石元総統の銅像に赤ペンキがかけられ、首の部分が切断されているのが見つかった。続いて「台湾建国工程隊」を名乗る独立派グループが、先週の八田與一の銅像の首が切られた事件に対する復讐との犯行声明を出し、「お前らは台湾の永遠の友人である日本人、八田與一の首を切った。われわれは日本の士官、石岡一郎(蒋介石)の首を切って八田君に捧げ、その霊を慰める」と統一派を挑発した。

/date/2017/04/24/20news1_2.jpg見るも無残な姿となった陽明山公園の蒋介石像。「228事件の元凶、殺人魔」と落書きされている(22日=中央社)

 烏山頭ダム(台南市官田区)の八田與一の銅像破壊は日本人を驚かせた。八田の台湾農業への貢献は有名で、衝撃が大きかったがゆえに、犯人の中華統一促進党の党員、李承龍は、台湾独立思想や日台の絆への反感から犯行の口火を切ったと考えられた。

 しかし、李承龍の犯行に先立ち、台湾建国工程隊は3月12日に新北市中和区の飛駝新村を皮切りに、29日に台北市内湖区の聖明宮、4月3日に台北市信義区の福徳街、9日には新北市の新店戒治所前で、計4体の蒋介石の銅像を斬首刑に処し、「蒋は228事件の元凶だ。台湾に景観のゴミは必要ない」といった犯行声明を出していた。

 八田與一銅像の斬首事件で李承龍は「八田の歴史的評価に納得できなかった」と供述したが、相次ぐ蒋介石銅像の首切りへの仕返しであったことは明らかだ。八田は日本統治時代の優れたインフラ建設の象徴であり、日本時代を持ち上げ戦後の国民党統治を否定する独立派に報復するには格好の標的だった。ターゲットは八田そのものではなく、あくまで独立派、民進党陣営である。

国民党コア層の気分代弁

 蔡英文政権への交代後、国民党資産の清算が推進され、年金改革で支持層の恩典削減が打ち出された。中正紀念堂の名称変更や銅像撤去の可能性が示される一方で、台湾独立運動に生涯を捧げた黄昭堂・元台湾独立建国聯盟主席の記念公園が台南市で着工を迎えるなど、国民党支持層には鬱憤(うっぷん)がたまる状況が続いていた。

 犯人の李承龍は昨年、政治団体「台湾民政府」の本部に放火して送検されるなど問題のある人物で、自身のイデオロギーが圧迫を受ける社会的雰囲気に不満をため込んでいたところを、台湾建国工程隊による相次ぐ蒋介石像斬首によってブレーキが外れてしまったと考えられる。そして犯行は非常識そのものだが、国民党コア支持層の最近の気分を代弁した面がある。統一派政党、新党の郁慕明主席は19日、「李承龍を支持する。私も20歳若かったらやっていた」とフェイスブックに書き込んだ。公党の代表として不謹慎な発言であることは言うまでもないが、事件によって憂さを晴らせた面があったことが見て取れる。

イデオロギー対立が表面化

 八田銅像の破壊を受けて、独立派政党の台湾団結聯盟(台聯)は22日、八田の功績は政治的立場に関係なく感謝が捧げられるべきとして、八田の写真と名前をプリントしたレインコートの販売を開始。一介の土木技術者である八田に日本の台湾統治の功罪を背負わせるのは不適切である一方、蒋介石の銅像破壊は市民による転型正義(転換期の正義)の追求の象徴だとして、台湾建国工程隊の行為は擁護した。青(国民党陣営)と緑(民進党陣営)のイデオロギー対立が、双方の一部の過激な者たちによって久々に社会の表面に噴出した感がある。

/date/2017/04/24/20news2_2.jpg首の無い痛ましい姿の八田與一像。「首狩り合戦」に歯止めが掛けられなければ、日本統治時代に関連した他の建築物などにも被害が及びかねない(16日=中央社)

 双方の主張が根本的に異なる以上、いくら相手側を糾弾しても無意味で、社会的雰囲気が悪化して時間ばかりが空費されていくことを、台湾は不毛な対立が繰り返された陳水扁政権時代に学んだはずではなかったか。「総統は国全体を団結させるべき」と就任演説で呼び掛けた蔡総統は、陽明山公園の蒋介石像が破壊された後も沈黙を守っている。台湾建国工程隊が蒋介石像の破壊を始めた3月に、非民主的な破壊行為には法的責任を追及すると表明していれば、国民党支持層も納得し、八田像の破壊はあるいは起きなかったかもしれない。

 蔡総統は慎重な性格で、歴代総統の中で最も自分の意見を語らないが、「統独首狩り合戦」の異様な様相を呈してきた今の状況における沈黙は、リーダーとして不作為のそしりを免れない。異なる他者に対する尊重と寛容性こそ台湾社会が団結するための大前提であり、蔡総統は今こそ事態の収拾に向けて、不法行為は許されないことを社会に訴えるべきだろう。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。

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