第88回 韓市長、異例の訪米見合わせ


ニュース 政治 作成日:2019年10月21日

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第88回 韓市長、異例の訪米見合わせ

記事番号:T00086418

 郭台銘(テリー・ゴウ)鴻海精密工業前董事長が表舞台から降り、現職の民進党、蔡英文氏と、国民党の韓国瑜高雄市長の事実上の一騎打ちへと局面が戻った総統選挙は、両陣営が選挙活動を本格化させたにもかかわらず、各種世論調査で蔡氏が10ポイント以上のリードを保っているため、緊迫感がやや薄れているようだ。

 こうした中、韓氏が18日、米国から要請を受けていた訪米を断ることを在台米国協会(AIT)のモリアーティ理事長に伝えた。総統選の野党候補は、訪米して米国側からの吟味を受けることが習慣化していたため、異例のケースといえる。

 蘋果日報の報道によると、米国側は韓氏が訪米した際、対中経済政策や両岸(中台)平和協定への姿勢、米国の対台武器売却政策に対する方針などを問いただす予定だった。しかし、両岸・外交関係面で韓氏の顧問を務める蘇起氏(元国家安全会議秘書長)が、米国から好ましくない扱いを受けた場合、選挙情勢へのさらなる打撃になりかねないとして訪米見合わせを決めたとされる。

/date/2019/10/21/20column1_2.jpg高雄市を訪問したモリアーティ理事長(左)を歓迎する韓市長(右)。「米国は最も重要な盟友」と韓氏が持ち上げれば、モリアーティ氏は「米台関係は台湾関係法施行から40年で最も強固になった」と応じた(18日=中央社)

主権維持が最大テーマに

 この一件は韓氏の両岸問題における窮状をよく表している。昨年の統一地方選惨敗で、一時は国民党に政権を明け渡すことが必至とみられた蔡氏が情勢を逆転できたのは、習近平中国国家主席が今年初めに発表した「台湾同胞に告げる書」40周年談話で、台湾に統一を強く迫ったこと、および6月から続く香港の反中デモによって、「台湾の主権維持」が総統選の最大テーマに浮上したからに他ならない。

 蔡氏は習談話に「一国二制度の断固拒否」を強調し、デモに参加する香港の市民たちへの明確な支持を表明した。今回の総統選は「台湾が独立した現状を維持できるか、将来的な統一を受け入れざるを得なくなるかの分水嶺(れい)」との認識だ。

 中国が台湾に対し、ソロモン諸島・キリバスとの断交や、観光客の送り出し制限などで圧力を強める中、貿易戦争で中国と対立する米国は、最新型F16戦闘機の売却推進を含む台湾支持政策を相次いで繰り出している。米国が蔡氏再選が望ましいと考えていることは明白だろう。

 韓氏は7月下旬に国民党公認候補に正式に選ばれた後、両岸関係や香港情勢についてあまり踏み込んだ発言はせず、10月になってようやく「中華民国の主権の下、『一つの中国、それぞれの解釈』の1992年の共通認識を堅持し、一国二制度は決して受け入れない」とのテーゼを発表した。だが、馬英九前総統と同一路線で新味がなく、台湾の主権維持が最大関心事になった情勢下ではインパクトに欠けるのは否めない。

中国批判を回避か

 韓氏は3月に香港・マカオで現地の中国中央人民政府聯絡弁公室(中聯弁)を訪問したことで「親中的」との疑念を掛けられており、米国訪問に応じた場合、対中政策方針が詳細に検証されることが避けられないため、陣営はそこを嫌ったと考えられる。訪米は、米国の両岸政策に関わる高官や、親台派議員らとの交流を通じて信頼関係を深められるメリットがあるのだが、中国を批判する発言をした場合、中国共産党の不興を買う上、支持者に対する両岸関係改善の主張の説得力が減じてしまう。ゆえに、米国の疑念に直接回答する機会を見送り、台湾で選挙活動に注力する選択をしたのだ。

/date/2019/10/21/20column2_2.jpg韓氏は現在、南部で座談会を通じて有権者の声を聞く活動に力を入れている。南部での負けを小さくとどめ、中部で互角、北部で勝利して総統選を制することを目標に置く(中央社)

 ただ現在、総統選での逆転勝利には、中国からの統一圧力に対する中間層の不安感を打ち消すことが不可欠な情勢となった。両岸関係改善の訴求力が大幅に減少した韓氏の選挙戦は厳しい。結局、中国の強硬姿勢が蔡政権への求心力を高めており、習主席による年頭の統一談話は完全な失敗だったように思える。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。

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