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記事番号:T00084108
2019年6月17日16:04

 「逃亡犯条例」改正問題に揺れる香港では16日午後、約200万人もの市民・学生が参加したデモが行われた。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が前日に条例改正の延期を表明したものの、主催団体は改正案の完全撤回と林鄭長官の辞任を求めて予定通りデモを実施した。

 同時刻、台北市の立法院の周囲にも数千人の学生が集まり、香港のデモに声援を送った。5年前のヒマワリ学生運動を指揮した林飛帆氏や、香港に留学経験のある学生らが中国による「一国二制度」の変質を次々と批判。林氏は「来年の総統選で台湾の林鄭を選ばないようにしよう」と呼び掛け、参加者らは「逃亡犯条例改正反対」「香港を支えよう」とシュプレヒコールを上げた。

市民に信用されず

 逃亡犯条例改正が実現した場合、刑事犯が香港から中国に引き渡され、中国で裁判を受けることに道が開かれる。香港は英国式の司法制度を維持する一方、中国の裁判所は共産党の指導下にある。香港政府は、引き渡しの対象は刑期7年以上の刑事犯に限られ、政治犯は含まれず、言論や出版の自由とは無関係と主張するが、香港では近年、普通選挙を求める雨傘革命が弾圧されたり、反中的な書籍を取り扱っていた書店の経営者らが中国当局によって拘束されるなど自由や人権への圧力が強まっており、香港政府の話は市民に信用されなかった。

/date/2019/06/17/20column1_2.jpg「台湾が香港を支える」。学生らは真剣な表情で座り込みを行った(16日=YSN)

 台湾では、台湾のインターネット上で中国政府を批判していた活動家の李明哲氏が、中国当局に拘束されて国家転覆罪で懲役5年の判決を受けた例があるだけに懸念が広がった。反中的な言動歴のある人物は、香港で乗り継ぎをした際に捕まり、中国で裁判を受けさせられるのではないか──。

香港民主派が謝意表明

 蔡英文総統は、9日の大規模デモを皮切りに、香港政府を批判し、市民を支持する文章を立て続けにフェイスブック(FB)にアップデートした。すると「台湾は香港のために声を上げてほしい」「民主主義の華人社会であり続けてほしい」といった香港からの書き込みがひっきりなしに投稿された。大陸委員会(陸委会)は12日、条例改正の即時撤回を求める声明を発表した。

 こうした蔡政権の動きに対し、香港民主派の陳志全(レイモンド・チャン)立法会議員は、林鄭長官が条例改正延期を発表した直後の記者会見で、「特に台湾の友人と台湾政府に感謝する。陸委会は林鄭が悪法を通しても、犯人引き渡しの要求には応じないと明確に表明した」と発言した。デモを主導した香港民間人権陣線の岑子杰(ジミー・サム)召集人も「台湾からの声援に感謝する」と述べ、「台湾人には香港で起きていることをよく見ていてほしい。台湾が一国二制度を受け入れた場合、民主的に指導者を選ぶことを中国が許すと思うか」と訴えた。

/date/2019/06/17/20column2_2.jpg香港の驚くほどのデモ参加者の数に、中国政府も一定の譲歩をせざるを得なかった(16日=中央社)

 今回の香港大規模デモは台湾にとって、中国の人権抑圧に抵抗することで政府・市民が香港市民とかつてない規模で共鳴した点で意義が大きい。「きょうの香港はあすの台湾」との言葉を重く受け止めた台湾市民は多いのではないだろうか。

総統選にも影響

 香港情勢は総統選にも影響を及ぼしている。民進党は先週、蔡総統が予備選を突破したが、候補者を決める電話での世論調査は、最初に大規模デモが行われた9日の翌日から3日間実施された。蔡総統は対抗馬の頼清徳前行政院長よりもはるかに多く香港デモに言及。一国二制度への徹底した反対では頼氏も同じだが、現職としての説得力があり、それまでずっと劣勢だった予備選を最後に逆転した大きな要因となったとみられる。

 国民党の韓国瑜高雄市長も15日の支持集会で「Over my dead body(私のしかばねを越えて行け)」とオーバーな表現を添えて「一国二制度拒否」を打ち上げた。中国との協力関係の下で「発大財(繁盛)」を推進したい同氏としては、本来は中国を刺激する発言は控えておきたいはずだ。香港紙によると、3月の香港・マカオ・中国訪問の際に結んだ53億台湾元(約183億円)の高雄産農産物の輸出契約は、大部分が中国の機関や国営企業に購入してもらうものだという。

 それでも、香港問題で当初「分からない、知らない」と述べて中国政府への迎合批判を浴びた汚点を払拭(ふっしょく)する必要があったこと、また、国民党予備選のライバル候補、郭台銘(テリー・ゴウ)氏まで一国二制度拒否を明言した状況では、態度表明を避けるわけにはいかなかった。

民進党に風

 民進党予備選で注目すべきは、世論調査会社3社に委託した調査で、蔡総統の支持率が韓市長や柯文哲台北市長を上回ったことだ。香港デモは台湾に「主権を真に守れるのは誰か」「主権維持と経済発展のどちらが重要か」という問題を提起しており、明らかに民進党に有利な風を生む。同党は昨年11月の統一地方選で惨敗を喫したが、今回の香港デモによってほぼ傷をふさいだとみられる。

 一方、韓市長ら国民党の候補者は、平和協定を結ぶのか否かをはじめ、中台関係構築に関する主張が、改めて吟味されることになるだろう。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。
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