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記事番号:T00076287
2018年3月30日16:10

 先週末、自宅の本棚を整理していたら、柯文哲台北市長が4年前、選挙に出馬した際に出版した『白色的力量-改変成真』が出てきた。柯氏は知的な表情でカバーを飾っている。本のタイトルと、就任後のイメージギャップが頭をめぐり、本を手に取って思わず考え込んでしまった。「オープンな政府、公民の参加」を掲げ、政党色のない市民本位の市政をうたった「白色的力量」は、今の柯市長の姿からは思い浮かべにくい言葉になったといえる。

/date/2018/03/30/20column1_2.jpg柯市長(右)は今週、林佳龍台中市長(左)を訪問。動向は依然メディアの注目を集める(中央社)

 統一地方選挙(11月24日)まで8カ月を切り、台北市でも与野党各陣営から公認獲得の意欲表明や立候補観測が相次いでいる。台北市長選で当面の最大の焦点は、民進党が独自候補を擁立するか否かだ。民進党は過去の台北市長選で国民党候補に幾度も苦杯をなめた結果、前回は候補者を立てず、無所属で出馬した外科医の柯氏の応援に回った。国民党候補の連勝文氏が著しく不人気だったこともあって柯氏は予想外の大勝を収めたが、泛緑(汎民進党陣営)の票が割れなかったことがその大きな要因だった。

 今回、同市の民進党支持者は、柯市長が中国との協調路線を取ったことに不満を抱き、独自候補の擁立を願うようになった。しかし、民進党候補が勝てるとは限らず、泛緑が分裂して柯氏も敗れた場合、20年の総統選に立候補されて、民進党の票が食われるケースも考えられる。そうなるよりは候補者擁立を見送って柯氏再選の可能性を高め、総統選への干渉が起きることを防ぐ方がむしろ賢明との計算があり、いまだに実現していない。独自候補を立てるのか否かの判断には、もう少し時間がかかるもようだ。

中台交流に注力

 元々民進党支持者だった柯氏は市長就任後、蔡英文政権と距離を置いた。特に顕著なのが中国との関係で、習近平主席の提唱する「両岸一家親(中台は一つの家族)」に賛同して交流活動に力を入れた。中国を批判することはなくなった。

 台湾の有権者は、政府が中国に寄り過ぎても離れ過ぎても不満を抱くため、蔡政権の下で中台交流が断絶した中、柯市長の方針は一定の民意を得ている。本来泛藍(汎国民党陣営)支持層が多い台北市で再選を目指すことや、総統選に出馬する可能性も視野に入れれば、中台関係改善を求める民意を取り込むのが有利と計算することは理解できる。

 しかし、こうした計算は柯氏を「白色」と信じ、台北市長の座に押し上げた有権者の心情とはかけ離れたものだ。前回選挙が行われた14年はヒマワリ学生運動が盛り上がりを見せた。学生たちは、馬英九前政権が密室的な手法で中台関係を推進することに危機感を抱き、立法院を占拠して中台サービス貿易協定を頓挫させた。その原動力になったのが「自分の国(台湾)は自分で救う」という中国に対する台湾ナショナリズムだった。柯氏は、若者たちの社会変革への熱意を吸収して当選しており、台湾ナショナリズムは柯市長を誕生させた重要な要素なのだ。

裏切りの「台北の価値」

 今年1月、柯氏と再び選挙協力を行うかを問われた蔡総統は「柯氏は『台湾の価値』を確認して、民進党支持者に一緒に戦える人物と思われなければならない」と発言した。これに対し柯市長は「蔡総統の言う『台湾の価値』は何なのか知りたい」とかわした。

 一時でも泛緑陣営に身を置いたことがあれば、「台湾の価値」が分からない訳はない。それは民主主義や自由経済、多元的な価値の尊重、社会的弱者への目配りといった「中国には存在しない、台湾が長い年月をかけて築いてきた価値観」のことだ。台湾を圧迫する中国共産党政権への抵抗もこれに含まれる。民進党支持者は、「台湾の価値」が、中国を批判しない柯市長の「台北の価値」に裏切られたと考えている。

 柯市長は就任後に支持基盤の変更を試み、「白色」ではなくなったのだ。今でもよく「若者に人気」などとメディアで報じられるが、それは実はもろさを含んでいるのではないか。台湾アイデンティーの強い若者たちが、「両岸一家親」に共感するとは考え難いのである。

 今年の市長選で国民党は、前回の反省を踏まえてより有能な候補者を立ててくるはずだ。そして、中台交流は本来国民党が「本家」だ。ここに民進党が独自候補を立てた場合、台北市長選は旧来の青緑対決に軸が戻り、柯市長は優位を失うのではないか。一方、柯市長に再選の可能性があるとすれば、民進党が候補者擁立を見送り、国民党候補者に個人的魅力が乏しく、泛藍の票がそれほど集まらないケースだろう。柯市長の選挙がどのような展開になるのか、台湾の有権者層の変化を映す鏡として大いに注目していきたい。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。
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