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記事番号:T00075715
2018年2月27日16:00

  筆者の知人に、映画監督になることを目指して北京に留学中の林君という若い台湾人男性がいる。春節(旧正月)休暇で台北に帰省した際、彼は「映画学校を終えた後は、台湾に戻らず中国で仕事をすることを考えている」と語った。大きな理由が収入だ。彼によると映画業界の賃金はまさにピンキリだが、中台の映画業界は概ね2010年ごろに賃金水準が逆転、その後、中国で上昇が続いているのに対し、台湾では逆に低下しており、中台で収入格差が開く傾向にあるという。

 月刊誌『遠見雑誌』が今月報じた世論調査で、台湾の「独立」に賛成する割合は21.1%と過去10年で最低になった。これに対し「統一」への賛成割合は14.8%、前年比増加幅は5.5ポイントで、いずれも過去10年で最高となった。台湾では世論のベクトルが政権の方向性と逆に向かうのは珍しいことではないが、今回の調査結果は、中国の経済成長が台湾人の将来展望に影響を与えていることが示された点で注目される。

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 中国は経済発展によって給与水準が上昇し、昨年末には北京市の平均月額賃金(台湾元換算で約4万6,000元、中国の求人サイト「智聯招聘」調べ)が台湾(約4万5,100元、行政院主計総処)を追い抜いたという。「32歳。中国で2年働き、台湾元ベースで年収200万水準を達成」、「上海で2年働いて月収10万台湾元を得るようになった。台湾に戻った際、自分が同級生の中で最も高い給与を得ていることが分かり、中国でのキャリアにさらに確信を持った」といった台湾人の若年層の声も相次いで伝えられている。

 一方、台湾は就労する国としての魅力が後退している。筆者は昨年、知り合いの20代の台湾人女性から、台湾で就労する日本人が近年増えていることについて、「皆、よくも台湾に来ますね」と言われたことがある。日本からわざわざ給料の安い台湾に働きに来ることが想像できないというのだ。彼女は「台湾で働き続けたら、一生安い給料しか得られない」と悩んでいて、米国や日本で働く将来を模索している。至って普通のOLに海外就職を真剣に考えさせるのが台湾の現状なのだ。海外に仕事の活路を求める台湾人は毎年12万~13万人で、このうちの76%が中国を選択している。

若年層取り込みに拍車

 中国の1人当たり国内総生産(GDP)は8,100米ドル(16年)で、台湾の3分の1にすぎない。しかしこのことは中国経済の成長余地が依然大きいことを示しており、台湾の賃金水準が今後上海や深圳などの中国の主要都市に次々と追い抜かれていくのは確実だろう。

 こうした中、中国政府は台湾人若年層の取り込みにさらに力を入れている。習近平総書記は昨年10月の第19回中国共産党大会で「台湾同胞の大陸(中国)での学習、創業、就業、生活において、大陸同胞と同等の待遇を段階的に実現する」との方針を打ち出した。これに沿って今月、河北省が台湾出身者に対し、昇進、評価、給与福利、社会保険、子女の教育を大陸出身者と同等にする「国民待遇」措置を省レベルで初めて導入した。同待遇の享受には中国政府が認める大卒以上の学歴保有が条件だが、昨年に事実上台湾の大学生・大卒者の半数にまで適用枠を広げる措置を取っている。台湾出身者に対する国民待遇措置では、河北省に追随する省が今後相次ぐとみられる。

 「以商囲政」(ビジネスによって政治を囲い込む)戦略によって、台湾を統一を導く戦略を取ってきた中国は、最近の台湾の民意情勢に手応えを感じていることだろう。『遠見雑誌』によると、過去10年で最も独立に賛成する割合が高かったのはヒマワリ学生運動の翌年の15年で30.3%だった。賛成割合は3年で3分の2に減少した計算になる。今から見ると、ヒマワリの花が咲いた勢いは一瞬だったようだ。台湾の民意は過去20年、台湾アイデンティティーを強める一方で、独立は将来の希望としてはともかく、現実の選択肢として追求する熱意が薄れる傾向にある。

台湾アイデンティティーへの影響は

 中国で就職する若い台湾人の増加は、中国と現実的に折り合いを付けていこうと考える層が今後さらに増えることを予想させる。問題は、長期的に台湾アイデンティティーに影響を及ぼさないか否かだ。台湾アイデンティティーは中国の統一攻勢から台湾を守る砦であり、これが融解させられるような方向に向かわないかは意識しておくべき観察指標だろう。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。
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