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第161回 転職した元従業員の特許侵害責任


ニュース 法律 作成日:2014年7月9日_記事番号:T00051416

産業時事の法律講座

第161回 転職した元従業員の特許侵害責任

 IC設計メーカー、立錡科技(リッチテック・テクノロジー)は2007年10月、力智電子(UPIセミコンダクター)が生産しているパワーマネジメント(電源制御管理)IC(以下「チップ」)が、リッチテックが所有する特許561326号および552767号を侵害していることを理由に、士林地方裁判所に対して民事訴訟を提訴し、力智電子とその親会社である力晶科技(パワーチップ・テクノロジー)に対して侵害の停止と、損害賠償1,506万台湾元の連帯支払いを求めました。

 また、リッチテックは訴えの中で、力智電子で当該侵害製品の設計・テストに参与している従業員6人は、リッチテックからの転職者で、当該特許の技術内容を熟知しており、そのため、力智電子は短期間で当該侵害製品を開発することができたとして、従業員6人に対しても連帯しての賠償金の支払いを求めました。この点が本案件の特殊な点です。

元従業員も連帯責任?

 士林地方裁判所は審理の後10年12月に判決を下し、力智電子へ侵害の停止と損害賠償の支払いを命じた他、前述の従業員6人のうちの3人に対して、力智電子と連帯して損害賠償を支払うよう命じました。一方、パワーチップに対する訴えは棄却されました。

 士林地方裁判所は従業員6人に対する部分について、判決の中で以下のような判断を行いました。

1.被告のうち、黃華強氏はチップの研究開発に参与していたことを認め、洪煥然氏は開発後のチップを使用した製品のテストなどに参与していたことを認め、張天健氏は製品の販売業務に参与していたことを認めた。これにより、これらの被告3人が共同して原告の特許権の侵害を行ったことは明らかであるため、連帯して損害賠償の責任を負う。

2.残り3人の被告、黃雲朋、許文俊、王坤民氏は、それぞれ原告であるリッチテックから力智電子への転職者である。しかし、特許権は公開された後は誰でもその内容を閲覧し、知ることができるものである。そのため、原告の従業員であった際に、当該特許の内容を知り得たからといって、転職後、力智電子において、必ず特許侵害行為に参与していると推測することはできない。

知識の活用は全て許されるか

 その後、原告・被告共に控訴を行いました。知的財産裁判所は12年9月に判決を下し、力智電子は561326号特許を侵害していないと判断、そのため原告の当該部分の侵害停止請求を退けました。しかし一方で、損害賠償の金額は2,162万元と原審より高く認定した上で、前述の被告である元従業員6人に対しては連帯して賠償責任を負う必要はないと判断しました。その理由は以下のようなものです。

1.現代では企業における従業員それぞれの作業は細分化されており、また法人にも特許侵害能力があることを考えると、企業において製品と何らかの関わりを持ったというだけで従業員を侵害行為の行為者とすることは、共同侵害責任の範囲を不当に広めることになる。

2.黃華強、洪煥然、張天健被告は力智電子の数多くいる従業員のうちの1人にすぎない。そのため、たとえ当該製品の研究開発・テスト・販売業務などに関わっていたとしても、それだけを根拠に彼らが当該製品は特許を侵害しているものだと知った上で、当該製品の研究開発・テスト・販売業務などを行っていたと判断することはできない。

3.黃華強、洪煥然、張天健被告は、力智電子の従業員である。そのため、力智電子との雇用関係が継続している間は、力智電子の営業または業務に関わる範囲内における一般的な知識・経験・技能を学び取り、また自らの持つ知識・経験・技能を運用することで得られた知識とデータを力智電子における製造・販売などの職務に対して使用することは当然のことである。

最高裁、「企業だけに責任なし」

 これに対して、原告・被告共に上告を行いました。最高裁判所は14年5月21日に原審のパワーチップに関する部分以外を全て破棄し、差し戻しました。最高裁判所は、原判決の力智電子が561326号特許を侵害していないと判断した部分について、判断が甘過ぎるとした他、リッチテックの元従業員6人について、知的財産裁判所は審理を尽くしていないとし、以下のような判断を下しました。

 「張天健被告ら6人それぞれは、力智電子の多くの従業員のうちの1人にすぎないが、張天健ら6人は原告であるリッチテックの元従業員であり、力智電子は彼らの助力を得て当該特許侵害製品の製造販売を行った。そのことから、張天健被告ら6人が当該製品において当該特許を実施したことに対する主観的な故意・過失が認められる。したがって、力智電子が損害賠償責任を負えば、張天健被告ら6人は力智電子の従業員であるというだけで、その損害賠償責任を負わなくてよいということにはならない」。

 台湾では、同業者からの引き抜きを行うことで、製品の研究開発を加速させるという方法が一般的ですが、本案件における最高裁判所の見解は、従業員6人に対して、連帯して損害賠償責任を負うように求めているに等しいものです。これは混沌とした業界秩序に対して、最高裁判所が鳴らした警鐘なのかもしれません。

徐宏昇弁護士事務所

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