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第158回 ある死刑判決についての一考(2)


ニュース 法律 作成日:2014年5月28日_記事番号:T00050585

産業時事の法律講座

第158回 ある死刑判決についての一考(2)

 前回に引き続き全ての証拠が中国にあることで十分に調査ができなかったにもかかわらず、先日殺人罪で死刑が執行されたことで論争になった事例をご紹介いたします。

 本案は、台湾人3人が中国において5人を殺害した事件によるもので、前回は証拠として提出された証拠品の信頼性について説明しました。

 今回はまず、3人の殺害動機に対する最高裁判所の説明からご紹介します。本案の3人の被告に対し殺人犯として疑惑が生じたのは、殺人が行われた翌日に、突然大量の現金を所持していたことが挙げられました。3人の被告はそれぞれ無職で、父親に至っては過去に商売で大きな借金を抱えた上、別件の台湾での横領事件の判決が確定し、執行を待っている状況で、中国へ逃亡しました。

 その後も経済状況は改善されず、前述の被害者の工場に2年にわたって居候をしたこともあります。借金をして暮らす日々が続いても、積極的に働こうとはしていませんでした。しかし、殺害のあった翌日、2001年7月16日の早朝、台湾へ向かう始発便に搭乗する前には、160万人民元を超える現金を所有しており、借金の返済や、台湾への送金のために何人かの友人に手渡していました。この現金がどこから来たものなのか、3人は何の説明もしていません。

説明不足の最高裁

 また、本殺人事件の被害者は約250万人民元を盗まれているため、「強盗」目的とされています。そして、▽長い間経済的に厳しい環境にあった3人が、突然大金を所有していた▽空港での空席待ちという方法で朝一番の飛行機で台湾へ戻った▽被告ら3人がうそ発見器にかけられた際に「被害者を殺害したか」、「事件発生時に現場にいたか」、「本殺人事件に関与しているか」との質問に対して回答こそしなかったものの、全て「うそをついている」反応が示された──ことからも、3人の被告は本案と何らかの関係があることは分かります。

 しかし、最高裁判所の判決は、被告が強盗のために殺人をし、1,000万台湾元を超える現金を手にしたにもかかわらず、▽なぜ借金の返済などにそれを当てたのか(殺人を犯すことも辞さない人間が借金をすることを恐れるでしょうか?)▽死刑になるかもしれない命の危険を犯してまで奪い取った人民元を、他人に渡して地下ルートで台湾に送金したにもかかわらず、なぜすぐに受け取りに行かなかったのか──などの問題点に対して、何の説明もしていません。

 また、全ての判決の中で一度も触れられなかった問題として、本殺人事件の手際が非常に良いことが挙げられます。被害者は全て頸動脈か頸静脈を中型の刃物で1~2回切られているだけです。しかも、刃物の上から布か枕を押し付けることで血が飛び散るのを防いだ上での犯行です。さらに、5人の被害者のうち、反抗をした形跡があるのは1人だけで、他の4人の被害者には争った際にできるかすり傷もありませんでした。

 また、犯行当時、隣の部屋には人がいて、下の階には従業員もいました。しかし、殺害時、または金庫を開ける際も、何らの異常も察知されていません。しかも、現場には指紋1つと、足跡1つが残されていただけで、プロの仕業としか考えられません。3人の被告人の能力では、このような犯行は、計画・実行ともに不可能であることは明らかです。

 さて、では被告人らが有罪である重要な証拠とされた、凶器に使われたとみられる「スイカ用ナイフ(西瓜刀)」を買いに行った際のタクシーの運転手の証言はどうでしょうか。運転手は、▽事件当日の01年7月15日午後3時ごろ、2人の台湾人を乗せてスイカ用ナイフを買いに行った▽ゴム手袋の購入を頼まれ購入した▽次の日の朝一で台湾に向かう飛行機への送迎を約束した──というものです。

 しかし、この運転手は、このような証言をする前日にも警察署で事情聴取を受けており、その際には、事件当日に2人の台湾人を乗せて「西瓜霜(薬品名)」を買いに行った、と証言しています。また、別の証人からは、被告ら3人は、犯行当日の午後4時までは自宅でマージャンや、昼寝をしており、家を出ていないとの証言もありました。

 この運転手の証言があまりにも怪しかったため、弁護人は何度も出頭を求め、裁判所も中国側と交渉を重ねましたが、最終的に出頭は実現しませんでした。最高裁判所はこの点について、最終判決の中で以下のように述べています。「証人には、出頭することができない客観的な理由があり、また検察官、上告人らおよびその弁護人より詰問を受けることは現実的にも困難である。このことを鑑みれば、原審が上告人らおよびその弁護人が証人に対して持つ詰問権を剝奪したと認めることはできず、また(被告らの)訴訟防御権を阻害したとも考えられない」。

 この考え方には大きな問題があります。原審が証人の出頭を求めた理由は、証人の証言が疑わしいからです。証人が出頭できなかった、という事実の基では、その「証言が疑わしい」という点に関しては、何らの改善も図られていないわけですから、推論上の結果としては、「証人の証拠は採択することができない」というのが正しい判断のはずです。それにもかかわらず、最高裁判所の結論は、証拠を採択するというものでした。最高裁判所は過去に何度もこのような理由で、下級審の判決を破棄してきましたが、「自判」する際に自らも同じ過ちを犯してしまったようです。(また、最高裁判所が証人の証言を採択したもう1つの理由は、前述の「中国における法治環境と刑事訴訟制度の水準は、信頼することができる程度にまで高まった」というものでした)。

 台南高等裁判所は、結果として6回にわたり最高裁判所に判決を差し戻されたことになりますが、差し戻しの理由には、毎回どれも明らかな過ちがあります。つまり、本案の証拠には重大な瑕疵(かし)があることは間違いありません。しかし、たとえ、本件に関わった人たちが、被告人ら3人は本当は殺人事件にどのように関与していたのかを知りたいとしても、中台関係の現状をみる限り、捜査を再開することは難しいでしょう。

問題案件に死刑執行

 過去、台湾における死刑の執行は、法務部長が「最も問題がない案件」を厳選した上で執行されてきました。しかし今回、羅瑩雪法務部長はよりによって「明らかに問題がある案件」の死刑を執行してしまいました。大きな論争を引き起こしたこともうなずけます。

 死刑が執行され、死刑囚(被告人)らが死亡したことで、論争も終焉(しゅうえん)の兆しを見せてきましたが、本案が、中台関係における刑事事件に関する捜査には協力体制がないという事実を露見してしまったことを忘れてはなりません。今後、中国における台湾人の安全をどのように守っていくべきなのか、政府が積極的に、迅速に解決しなければならない課題は決して小さいものではありません。 

徐宏昇弁護士事務所

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