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第157回 ある死刑判決についての一考(1)


ニュース 法律 作成日:2014年5月14日_記事番号:T00050302

産業時事の法律講座

第157回 ある死刑判決についての一考(1)

 羅瑩雪法務部長は4月29日に4件、計5人の死刑執行に署名し、当日のうちに各地で5人の死刑囚の死刑が執行されました。各界は馬総統が政治的低迷期から抜け出すために採った下劣な政策だと非難しましたが、羅法務部はそれを真っ向から否定しました。

 そんな中、杜明雄死刑囚と杜明郎死刑囚の死刑執行が大きな論争を引き起こします。論争の焦点は、彼らが、父親である杜清水容疑者と共に行ったとされる殺人事件についての裁判で、裁判所に提出された証拠は、中国の公安の調査記録のみであり、裁判所が直接取り調べを行うことができる証拠が1つも存在しないという点でした。今回のコラムでは全ての証拠が中国にあることで十分に調査ができなかった事例を2回に分けて紹介します。

 本案は、2001年7月15日深夜、前述の3人の容疑者が、中国広東省仏山の「聯窖五金化工場」社長であった葉明義氏と、同居人の侯国利氏(共に台湾籍)、および16歳女性の熊玉嬋氏、警備員の伍遠寨氏と田学伍氏の計5人を殺害し、翌日早朝に台湾に帰国したとされるものです。中国の公安当局は同月25日に「紅色通緝令(国際指名手配)」を発令。台湾の警察当局が当日のうちに3人を逮捕しました。

 検察官の起訴の後、台南地方裁判所は02年7月8日に、証拠不足を理由に、殺人罪の部分については3人に無罪を言い渡しました。控訴審である台南高等裁判所は、その後6度にわたって死刑判決を下しますが、ことごとく最高裁判所に差し戻しされてしまいます。そんな中、杜清水被告は10年8月18日に拘置所で亡くなります。台南高裁が本件について最後に下した死刑判決は11年8月25日のものでしたが、その上告を受けた最高裁は、12年3月7日に「破棄自判」とも取れるような長編の判決文によって上告を棄却、死刑が確定しました。

信頼性に疑問

 本案が数度にわたり最高裁に差し戻しされた理由は、前述のように、全ての証拠が「中国にある」ことにありました。検察官、被告弁護人、裁判所は中国の公安当局が作成した報告書によってのみしか事実を判断することができなかったのです。

 さらに、台南地裁と最高裁は、幾度にわたって中国側が提出した各種報告書・鑑定書の信頼性に疑問を持ちました。

 例えば、被告人の居住地「付近」で見つかったとされている「5足の運動靴」です。この5足の運動靴のうち、1足の靴底の模様と犯行現場に残されていた足跡が一致。別の1足は5匹の警察犬による判別の結果、「3人の被告人のうちの1人」の居住地にあったサンダルと匂いが一致したため、被告人は犯行現場にいたと認めることができる、というものでした。

判決文から消えた証拠

 しかしこの「重要な証拠」は、数度にわたる最高裁からの差し戻し後、判決文の中から姿を消しました。その理由は、▽模様が一致した運動靴の靴底から誰の、どのような血痕が検出されたかについての資料がない▽サンダルと匂いが同じとされた運動靴が同じものかどうかについての考察が全く行われていない▽警察犬がなぜ「同じ匂い」と感じていると分かるのか、科学的根拠は何か──などといった点についても考察が行われていなかったためです。

 驚かされるのは、最高裁が最後の判決の中で、「(台湾の)刑事警察局法医室主任の石台平氏が第一審における証言で、『中国の公安機関の鑑定報告の水準は、世界レベルのものである』と話した」という点を採択した一方、石台平氏が指摘していた中国の各種鑑定の問題点については何らの指摘も加えなかった点です。また、最高裁は中国の刑事訴訟制度について、「全く問題がないとは言えないが、訴訟の公正性と人権保護の両点について目まぐるしい進歩が見られることからも、中国における法治環境と刑事訴訟制度の水準は、信頼することができる程度にまで高まった」と認定し上で、中国の刑事警察当局の作成した調書の「取得プロセスには合法性がある」と判断しました。

 しかし、最高裁は、この最後の判決においてもなお、前述の「匂いに関する鑑定書」について触れることはありませんでした。まるで、「中国の刑事警察の水準の進歩には『匂いに関する鑑定』は含まれない」とでも言わんばかりです。

 最高裁のこのような推論は、明らかに論理法則に違反しています。なぜならば、ある証拠の取得が合法かどうか、その証拠によって、ある事実が証明できるのか、ということと、「証拠を作成した国家の法治が信頼に値する」かどうかは全く関係ないからです。「国家の法治に信頼が置ける」という点から推論される結果は、どんなに頑張っても「証拠の調査は(信頼が置けない国に比べて)慎重に行われた」でしかありません。

不十分な比較検証

 本案において、被告人と殺人事件を結び付けた最も重要な証拠は、被告人の居住地「付近」で見つかったとされている「白い旅行かばん」です。かばんの中には▽被告人の手作りと思われるガムテープ製の大小2つの「鞘」(大きい方は殺人の際に使用されたとされている大型のスイカ用ナイフの鞘とみられる、スイカ用ナイフそのものは見つかっていません)▽3枚のガムテープの切れ端(その内の1枚は被害者の唇に残っていたガムテープと一致していたことから、被害者の口をふさぐためのものとみられる)▽ビデオテープの巻軸の破片(現場の監視カメラのビデオテープを破壊した際の破片だとみられる)▽いくつかのゴム手袋の切れ端(加害者はゴム手袋をして犯行に及び、その手袋が破れた際のものとみられる)──などが入っていました。

 2つの鞘の中から、3人のうちの1人の指紋が検出されたほか、現場から見つかった「鞘に使われたものとは違うガムテープ一巻き」の内側からも被告の親指の指紋が検出されました。これらの証拠を総合した結果、裁判所は「被告人は犯行時にゴム手袋をしていたため指紋が残されていないが、(ガムテープで)鞘を作成する際に指紋を残してしまった」および「被告人は過去に犯罪現場に現れ、被害者と接触している」という心証を得たのです。

 しかし、どの鞘からも血痕は検出されず、またゴム手袋についても比較検証した記録はなく、指紋も検出されていません。旅行かばんからも指紋は検出されておらず、ビデオテープの破片についても比較検証が行われた記録はありませんでした。さらには、これらの「証拠」が、いつ旅行かばんに入れられたのか、誰が何のためにそれらの証拠を1つの旅行かばんの中に入れたのかについては、何の説明もありません。

 次回は殺害方法や、凶器購入に使用したとされるタクシー運転手の証言などの不十分と言える調査についてご紹介します。

徐宏昇弁護士事務所

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