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第12回 張志軍主任が無視した「主流民意」


ニュース 社会 作成日:2014年7月4日_記事番号:T00051327

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第12回 張志軍主任が無視した「主流民意」

  中国の台湾担当閣僚級高官として初めて訪台した国務院台湾事務弁公室(国台弁)の張志軍主任が先週28日、3泊4日の日程を終えて中国に帰国した。本紙でも報じたように、桃園国際空港に25日到着してから帰国直前まで抗議の学生や市民があらゆる行き先に付いて回り、27日夜には高雄市で乗っていた車に白ペンキがかけられたり、葬儀で使う冥銭の紙がばらまかれたりする激しい抗議を受けた。これにより翌28日は高雄市の前鎮漁港訪問などスケジュールのほとんどをキャンセルすることを余儀なくされ、予定より3時間早く桃園空港に到着して貴賓室に缶詰めになった。


張主任は26日、台中市にある目の不自由な人の特殊学校を訪れたが、ここにも「台湾独立」の旗を掲げた学生たちが押し掛けた(中央社)

 張主任は離台に当たって「台湾は多元的な社会であり、さまざまな声があるのは正常なことだ。ただ主流の声は両岸(中台)の平和的発展だと信じる」と語った。台湾住民が中国との平和的な関係を重視するのは当然で、民意の大きな柱ではある。しかし「主流の声」、すなわち民意の核心をめぐって中台間でこの1カ月に出た重要発言を振り返ると、張発言は押さえるべきポイントを外している感が否めなかった。

「頼神発言」が発火点

 発火点となったのは6月7日、上海を訪問した民進党の頼清徳台南市長が中国の学者との座談会で述べた、「台湾の前途は2,300万人民が共同で決めるということが、陳水扁前総統の当選を通じて台湾社会の極めて大きな共通認識になった」という発言だ。馬英九政権の高官はもちろん、民進党の地方自治体首長でも、中国でここまで堂々と台湾の住民自決の正当性を主張した人物は過去におらず、民進党のホープである頼市長はこの発言によって支持者から「頼神」と呼ばれるに至った。

 国台弁はこれに対し范麗青報道官が11日、「中国の主権と領土の完全性に関わるいかなる問題も、台湾同胞を含めた全中国人民が共同で決定すべきだ」と反応した。この発言に台湾ではたちまち反感が広まったことから馬政権も立場を表明せざるを得なくなり、「政府は中華民国憲法の下、台湾の2,300万人民が台湾の未来を共同で決定する方針を堅持している」と反論した。ただ、中華民国憲法は中国大陸と台湾を「一つの中国」と規定しており、頼市長の発言とは趣旨が大きく異なっている。


桃園空港で張主任(左3)を歓送した張顕耀陸委会副主任委員(右)は、抗議が相次いで不快な思いをさせたため、きまりの悪い表情だった(中央社)

 いずれにせよ頼市長の発言は台湾多数住民の偽らざる本音であり、馬政権が中国傾斜を進め不安感が高まる中、台湾住民の重要な立ち位置を再確認させる効果があった。独自の主権を維持するというもう一つの民意の柱を無視しつつ「平和的発展が主流の声」と言ってみたところで、何の説得力も持たないのだ。

高官訪台のたびに抗議

 台湾担当の中国高官が台湾で激しい抗議に遭遇したのは張主任で3人目だ。中国の対台湾窓口機関、海峡両岸関係協会(海協会)の張銘清副会長は2008年10月に台南を訪れた際、民進党の台南市議や支持者に囲まれ押し倒される暴行を受けた。翌11月に陳雲林海協会会長(当時)が訪台した際には、台北市中心部で抗議の群衆と警官隊の間で多数のけが人が出る衝突が起きた他、パーティーに参加した高級ホテルを群衆が取り囲み、陳会長が深夜2時まで5時間にわたって封じ込められたりした。

 こうした抗議活動は、中国高官に台湾住民の反中感情を直接体験させるという点で意義がある。強烈な洗礼を浴びた陳雲林氏は09年12月、反中感情の解消には一定の時間がかかると語った。習近平国家主席も今年2月に「台湾の現行の社会制度と生活様式を尊重したい」と発言しており、台湾統一に向けて台湾の民心を得る難しさについて中国指導部に一定の共通認識が形成されているようだ。 

 求められる台湾民意の正視

 問題は台湾に対する中国のアプローチに今後変化が生じるかどうかだ。昨今の香港の反中感情の高まりを見ても、一国二制度による統一を求める発想はもう限界に来ていると思う。中国は経済交流が拡大した今、台湾との政治対話に着手したい意向だが、台湾の民意を正視しない限り進展はあり得ず、摩擦とフラストレーションが高まるだけだろう。

 中国が統一を推進したいのであれば、現段階では幅広い台湾住民の間で共通認識が得られる、中華民国の存在を認めることが最初の条件ではないだろうか。そうすれば硬直した一国二制度をやみくもに押し付けるのではなく、例えば中国と台湾で中華連邦を立ち上げるといった新たな発想も生まれてこよう。一方台湾は、現在の中国共産党の専制体制が崩れて台湾への姿勢に変化が訪れるまでは将来に枠をはめるような政治的合意は避け、経済面ではどこまで交流を深めてよいのか線引きをはっきり決めることが重要だろう。

ワイズニュース編集長 吉川直矢

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