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第189回 ASE塩酸漏出事件


ニュース 法律 作成日:2015年10月14日_記事番号:T00059777

産業時事の法律講座

第189回 ASE塩酸漏出事件

 2013年10月、半導体パッケージング・テスティング(封止・検査)最大手、日月光半導体製造(ASE)は漢華水処理工程(以下「漢華」)に塩酸貯蔵タンクの配管栓の水漏れパッチの交換を発注しました。しかし漢華が、塩酸を自動的に補塡(ほてん)する機能を停止するようASEに通知するのを忘れてしまったため、パッチ交換の際に塩酸貯蔵タンク内の塩酸が溢れ出て、排水システム内が強酸状態となった結果、ニッケルや銅など排水に含まれる人体に有害な重金属の除去ができなくなってしまいました。

5千トンの強酸性水を排出

 ASEの作業員は、水質の異常に気付いた後、排水を抜き取ってから処理した場合、工場を6時間停止しなければならないと判断し、中和槽で排水を処理した後に排出するという、「日月光公司水汚染防治措施」の規定とは異なる緊急処置を施しました。当日、約5,194トンのニッケルと銅を含んだ強酸性の排水が後勁渓(河川名)に排出された結果、河川の生態環境に大きな影響を及ぼし、また、沿岸の魚の養殖業に危害を与えることとなりました。このことから、検察は、ASEの一連の行為は、一般市民が健康な飲食を行うことの安全性に危害を加えたばかりか、公共の危険を生んだとして公訴を提起しました。

 台湾高雄地方裁判所は14年10月の判決で、「任意棄置有害事業廃棄物(有害事業廃棄物を任意に放置した)」罪と判断、ASEに対して300万台湾元の罰金、社員らに1年4月から1年10月の執行猶予付きの有罪判決を下しました。この判決に対して、被告と検察双方は台湾高等裁判所高雄分院に対して控訴しました。

二審で被告全員無罪

 15年9月29日、台湾高等裁判所高雄分院は、以下の理由により被告全員無罪の判決を下しました。

 被告は前述の作業ミスを発見後、即座に大量のアルカリ剤を投入し、処理槽を中和することで水質を改善した後も処理を続け、水質を放出可能なレベルまで改善した。たとえ被告の処理方法が正規のものではなかったとしても、ASEとしては塩酸漏出事件に対して積極的な処理を行っており、排水をそのまま任意に放置するという行為を行ってはいない。

 高雄市環境保護局が計測数値によって計算した結果では、ASEが当日排出したニッケルと銅の総量は健康被害を与える量に達しているが、同数値から証明されるのは、ASEが排水処理を行う前の段階での水質異常値である。実際には同排水はその後各処理槽で処理を施された後に外部に排出されているため、同数値がそのまま放出された水質に直接影響しているわけではない。すなわち、計算した結果は、ASEが当日、外部に対して基準を超えた排水を放出したことの証明にはならない。

 本事件発生以前の計測レポートによると、本事件の発生前後で、後勁渓のニッケルと銅の含有量に明確な差は見られない。また、本事件発生後、ASEの海洋放出管の放出口からニッケル、銅が基準を超えて計測されたという事実もない。

 本事件発生から40日後、後勁渓に架かる徳民橋の橋桁付近の泥を調べた結果、重金属の含有量は基準を超えていた。しかし、泥がこのように重金属を含有するためには一定期間の蓄積が必要であり、また德民橋から上流には2〜3基のめっき工場などがあり、同様にニッケルや銅などを含む排水を排出している。これらを踏まえて考えた場合、泥の中に見られた汚染が、ASEが長い時間をかけて汚染した結果である、または本事件の結果であると認定することはできない。

 別の計測結果では、ある養殖場の魚体のニッケル含有量が高くなっているとの報告があるが、裁判資料中の証拠からは、魚体のニッケル含有量が高くなっているのは後勁渓を水源としたことによるものであると結論付けることはできない。

因果関係認めず

 つまり高等裁判所の結論は、▽事件当日、ASEが排出した排水のペーハー(pH)値は低く(酸性)、またニッケルや銅などの重金属を含んでいたことも事実であるが、当時の後勁渓の水量、水流の速さなどから考えれば、そのようなpH値、ニッケルや銅などの成分は共に希釈されていた▽また排出された排水が生態環境に具体的な危険を与えるほどのものであったかどうかについては、科学的証拠がない▽そのため、被告の犯罪は証明され得ない──というものです。

 今回の判決は、科学的証拠とロジカルな推理に基づいて、検察官の提示した証拠からは、被告が排出した排水が生態環境に悪影響を与える程度のものであったとは証明できないと判断したもので、その判断は正しいものだと思います。台湾各地の検察官は、管轄内の有名な業者が公共の安全に関わる事件を起こした際、わざと人の目を引く説明をし、各地方政府が一斉に行動を起こすよう仕向けますが、これには「警鐘を鳴らす」意味があります。

環境保護上の良き教材

 政府が「拼経済(経済第一)」という政策を取り続けた結果、工場などによる環境汚染で公共の安全・市民の健康が脅かされる案件が台湾各地で相次いでいます。今回の判決は、各地の環境保護団体、さらには環境保護を優先している地方政府に対しても、環境汚染に対抗するための考え方を提供する、良いケーススタディーとなることでしょう。

徐宏昇弁護士事務所
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