第60回 「反汚名・要尊厳」、軍公教デモに隠された主張


2016年9月10日15:37  ニュース

第60回 「反汚名・要尊厳」、軍公教デモに隠された主張

記事番号:T00066359

 台北市中心部に14万人以上(台北市警察局推計)もの退職した軍人・公務員・教員(軍公教)らが集まった先週3日の大規模デモは、奇妙な抗議活動だった。「汚名を着せられるのに抗議し、尊厳を求める(反汚名、要尊厳)」をスローガンに、蔡英文政権の推進する年金改革において、軍公教が高水準の「年金」(分割払いの退職金)をもらう既得権益層として批判を受ける現状に対し「汚名を着せられている」と反発、「軍公教の尊厳に配慮せよ」と訴えた。本来、こんな建前の訴えで14万人もの人々が集まる訳はない。本音は「われわれの年金を削るな」であり、あからさまに訴えるわけにもいかないので「反汚名、要尊厳」とアピールしたのだ。軍公教によるデモは史上初めてだったが、特定の職業集団の退職者グループが、社会的批判を知りつつも既得権益維持を大々的に訴えたのも台湾ではかつてなかったことだ。

/date/2016/09/10/20news1_2.jpgデモ参加者たちからは、公僕として台湾を支えてきたという自負も感じられた(YSN)

「われわれのせいではない」

 台湾全土に約12万人いる公立学校の元教職員の、年金の月間平均受領額は6万8,052台湾元(総統府国家年金改革委員会)で、軍公教の中でも最も給付水準が高い。そんな彼らがどんな思いで参加したのか、中正紀念堂の広場で話を聞いてみた。

 桃園市で中学校教師をしていた58歳の男性は、一般労働者との年金格差について「教師になった時の多大な努力の対価として、われわれが比較的良い待遇を得られるのは当然だ」と語った。そして、昔、教師は低賃金のため誰もやりたがらず、自分も低い給料に耐えてきたため、今の年金は当時の見返りであり受け取る資格があると強調した。

 桃園市の57歳の元女性教師は「民間の労働者は、今の職種に就いたときに退職金が低く、年金などないことは分かっていたはずだ。彼らの年金が低いのはわれわれのせいではなく政府の問題だ。総統や高官の退職金を引き下げたり、経済を発展させて年金原資を増やしたり、外貨準備高を取り崩したりと他に方法はあるはずだ」と力説した。

 台南市から来た、今年退職したばかりという53歳の元男性教師は、「今の年金水準だから退職したのに、仮に半分に引き下げられたら再び仕事を探さざるを得なくなってしまう」と困惑した表情を見せた。

 参加者に共通していたのは、年金改革の必要性は理解するものの、一度決められた年金額が削減されるのは不当で、一般労働者の年金問題は、軍公教の既得権益に手を付けることなく政府が解決すべきという主張だ。彼らの気持ちも分からなくはない。しかし、平均寿命が伸びた今日、50代前半の働き盛りの年齢で早くも悠々自適の生活を送れる制度では、国家財政を破綻させるのは必定と考えざるを得なかった。

世論は改革支持

 軍公教の年金改革は馬英九前政権から叫ばれており、今年3月に聯合報が行ったアンケート調査によると、「軍公教と労保年金の所得代替率の差を縮めるべき」に58%が賛成、雑誌『今週刊』が立法委員全員を対象に行ったアンケートでも84%が改革に賛成、国民党立法委員も69%が賛成しており、世論の多数が支持していることは明らかだ。

 デモを報じた4日の新聞は、国民党寄りの中国時報と聯合報がいずれも1面トップでその勇ましさを大々的に報じながら、中国時報が「改革は不可避で、これ以上先延ばしすれば全国民が敗者になる」との論説を載せ、聯合報は「涙をこらえて年金改革を受け入れよう」という退職した元公務員の投書を掲載するというチグハグな紙面づくりだった。これらメディアも年金改革の必要性は重々理解しているのだ。

 蔡政権は8日、退職教員と退職公務員に年間6,000元支給していた祭日手当を、年金給付が月2万5,000元以上を超える場合、来年から支給を取りやめると発表した。年金改革をあくまで断行する姿勢を見せたといえる。

反蔡政権運動の側面も

 ところで「反汚名、要尊厳」デモには中華民国の小旗を持ったり、シャツを身に付けた参加者が目立ち、まるで国民党の選挙集会のような雰囲気を感じた。軍公教は長年にわたる国民党の支持母体で、デモの主役を務めた50代や60代は国民党教育を受けて育った世代だ。国民党支持層は悪化した中台関係をはじめ蔡政権の手法に不満をため込んでおり、それを吐き出す場というのがデモのもう一つの役割だった。総統府前の凱達格蘭大道の特設ステージでは、元軍官が「中華民国に長年貢献してきた公務員の年金削減には、中華民国を消滅させたい蔡総統の意図がある」と訴え、反蔡政権感情をあおった。

/date/2016/09/10/20news2_2.jpg家族とみられる子供の参加者もいたが、若い世代にとっては改革推進こそが利益だ(YSN)

 国民党は洪秀柱主席や郝龍斌副主席がデモに参加して軍公教に声援を送った。同党は自身も手掛けてきた手前、年金改革そのものに反対することはないだろうが、デモの規模の大きさを見るにつけ、政局次第で軍公教の主張を反蔡政権の党略として利用することはあるかもしれない。しかし、軍公教の年金問題は階級対立と世代対立の側面を持っており、改革が手間取るようであれば社会の分裂を深めてしまう恐れがあるため、国民党は軍公教を抵抗勢力化させてはならないだろう。この問題では蔡政権による断固とした、かつ速やかな改革推進を求めたい。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。

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