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第56回 92共識、歴史的役割終了へ一歩


ニュース 政治 作成日:2016年7月11日_記事番号:T00065165

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第56回 92共識、歴史的役割終了へ一歩

 米国の対台湾窓口機関、米国在台協会(AIT)のレイモンド・バーガード主席理事が6月下旬、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)のインタビューで、「一つの中国の原則を堅持しつつ、中台が異なる解釈を取る」とした「1992年の共通認識(92共識)」について、92年の中台交渉当時はそうした呼び方はなく、00年になって初めて作られた名称との認識を示した。今回は今後の中台関係に重要な意味を持つこの発言を考えたい。

/date/2016/07/11/20news_2.jpg蔡総統(左)は中南米歴訪の帰途に立ち寄ったロサンゼルスで、バーガードAIT主席理事(右)に迎えられた。バーガード氏は中台関係のベテランで、十分に考えて発言をしたとみられる(中央社)

 バーガード主席理事は、93年にシンガポールで史上初の中台窓口機関のトップ会談を行った、台湾の辜振甫・海峡交流基金会(海基会)董事長と中国の汪道涵・海峡両岸関係協会(海協会)の2人が、合意内容を『92共識』と呼ぶことはなかったと指摘。「全ての中国人が知っていると思うが、『92共識』は馬英九前政権で初代国家安全会議秘書長を務めた蘇起氏が00年に初めて使った言葉だ。『92共識』『92理解』、または他の表現であろうが米国とは関係ない。両岸(中台)がどのような形式で対話を行うかは双方が解決すべき問題だ」と述べた。米当局が92共識についてこうした認識を公に示したのは初めてだ。

 米国の台湾海峡政策は平和と安定維持を目標としており、中台双方に対話を促してきたことはよく知られている。このため、92共識を基盤に中台交流を拡大させた馬政権には好意的だった。蔡英文氏が初めて総統選挙を戦った2012年には、ダグラス・パール元AIT台北事務所長が、「非常に独創性がありながら多くのあいまいさを含んでおり、両岸双方が自主権を維持しつつ実務的な問題を解決できる」と92共識を高く評価した。「馬氏が再選すれば米中は安心する」とまで言い切り、当時既に劣勢だった蔡氏の選挙戦にとどめを刺したといわれている。

蔡政権の姿勢を評価

 今回のAITバーガード主席理事の発言は一見、政策転換のように見えるが、対話促進という基本路線に変化はなく、92共識そのものを否定したわけではない。中国が92共識の承認を条件としている現時点では、それが中台対話のための最も有効な手段であることに変わりはない。

 バーガード発言の最大の意義は、米国が「中台対話は92共識に基づかなくても構わない」と表明したことにある。すなわち、米国にとって重要なのは中台の対話を通じた平和構築であり、それが特定の共通認識に基づくか否かには関知しないということだ。中国が南シナ海や東シナ海で周辺国との対立を深める一方、蔡総統は「中華民国体制と両岸関係人民条例の枠組み」の順守を明言、挑発的な言動を一切せずに現状維持を掲げている。米国はこうした姿勢を評価して、中国側に対し、蔡政権との対話に新たな思考で臨むようボールを投げたことが発言の核心と考えられる。

 蔡総統はバーガード発言により92共識を認めるか否かのプレッシャーから解放され、安心感を得たはずだ。なお、中国は国務院台湾事務弁公室(国台弁)の報道官が「92共識は歴史的事実であり、否定や歪曲(わいきょく)は許されない」と拒否姿勢を明確にした。

「独立不推進」、対話基盤に企図

 バーガード発言を契機に、「92共識」は今後台湾社会で訴求力を低下させていくことが予想される。馬政権による中台交流拡大によって、台湾全体が恩恵を受けたことは紛れもない事実だ。だが、今の台湾にとって「一つの中国」は、中台関係の安全装置としては評価されているものの、既に社会的共感を得にくい概念となっている。それを強いることに無理がある以上、92共識はその歴史的役割を終える段階が見え始めたのではないか。

 蔡総統には「一つの中国では折り合わないが、独立は推進しない」ことを新たな対話プラットフォームにしたいという意図がうかがえる。中国がこの「蔡モデル」を受け入れるのであれば、台湾海峡の平和と安定は比較的長く続くことが期待できるが、当面は困難と思われる。中国は現在、公的交流中断や観光客削減などで蔡政権に揺さぶりをかけている段階で、中台対話が次の局面に移るのは、中国がこれらの措置が効果を挙げるかを確認した後のことになるだろう。

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