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第59回 新南向政策、困難な挑戦


ニュース 政治 作成日:2016年8月22日_記事番号:T00065969

ニュースに肉迫!

第59回 新南向政策、困難な挑戦

 東南アジアや南アジアなどと関係強化を目指す「新南向政策」で、蔡英文政権は先週16日に政策綱領を決定し、その行動準則に「将来適当な時期に対岸(中国)と関連分野の議題について協力し、新南向政策と両岸(中台)関係を相互補完的なものとしたい」と明記して注目を集めた。

 新南向政策は、馬英九前政権によって台湾が中国に接近し過ぎたとの認識の下、東南アジアやインドなど南アジアの新興国との経済関係を強化することで、台湾の主体性回復、国際社会でのプレゼンス向上を狙っている。「脱中国」の政治的意図を内包していることは明白だが、中国以外の地域への軸足を強化する政策の綱領に中国との協力をうたうこと自体、同政策の難しさを物語っていると言わざるを得ない。

 新南向政策で、関係強化候補の筆頭に挙げられている東南アジアは、2015年の台湾からの輸出額が516億米ドル(18%)と、中国・香港の39%に次ぐ第2の輸出先となった。距離が近いため経済共同体の構築を具体目標として設定でき、南シナ海問題で中国の圧力にさらされていることは、一見、民進党政権にとって連携しやすい下地のように思える。

/date/2016/08/22/20newscolumn1_2.jpg新南向政策に対し、産業界の評価は否定的だ。中華民国全国工業総会(工総)の許勝雄理事長は、「政策の着実な実行が重要で、絵に描いた餅になりかねない」と懸念を示した(中央社)

李政権・陳政権では失敗

 台湾が南向政策を標榜するのは、李登輝政権、陳水扁政権に続いて3度目だ。最初は李政権の1993年、台湾企業の投資が中国に集中する中、中国への経済的依存進行にブレーキを掛けるべく、東南アジアを投資強化地域に指定して企業投資を奨励した。台湾政府はシンガポールなどと投資保障協定を締結、李総統や連戦副総統がタイやシンガポールを非公式訪問するなど交流拡大に一定の成果を収めた。

 しかし、97年のアジア通貨危機で東南アジアの台湾企業は大打撃を受け、撤退が相次いだ。台湾企業の投資は改革開放を軌道を乗せた中国に再び集まるようになり、李政権の南向政策は目標を達成できずに終わった。

 続く陳水扁政権は00年末、対中投資政策を従来の「戒急容忍(急がず慌てず)」から「積極開放、有効管理」に切り替え、これにより台湾企業の中国投資がさらに進んだ。このため02年7月に南向政策の再開を表明したものの、タイが翌8月に行政院労工委員会(労委会、現労働部)主任委員への観光ビザ発給を拒否したり、シンガポールもリー・クアンユー元首相が同年9月を最後に訪台しなくなるなど、陳政権の独立志向による中台関係悪化の影響で、東南アジア諸国との関係は逆に後退していった。

/date/2016/08/22/20newscolumn2_2.jpg中華民国工商協進会の林伯理事長(左3)は、新南向政策は国際社会の応援が必要で、中国を重視すべきだと話した(中央社)

「一つの中国」で圧力

 ちなみに李政権時代の台湾はアジアNIESの一員として今よりも経済力が強く、国際的影響力も高かった。それにもかかわらず南向政策を成功させられなかったのは、環境と条件に困難な面があるためだ。

 台湾は東南アジアで影響力を高めたいと考えても、正式な外交関係を持たないため、その意図の担い手となるのは民間企業だ。だが企業にとっては、市場が大きく、大勢の労働者がおり、言葉が通じる中国の方が進出が容易なのだ。中国が経済発展を遂げ、生産拠点をしての魅力を失いつつある今でも、市場規模と中国語は台湾企業にとってメリットであることは変わらず、政策的な優遇もある。中国・国務院台湾事務弁公室(国台弁)の張志軍主任が先日南向政策について、「台湾企業は果たして南に行くのか。政治的意図によって近くを捨てて遠くに行くのは経済規律に反する」と疑問を投げ掛けたのは、まさにそのとおりなのだ。

 蔡政権の脱中国の意図に対し、東南アジア各国が中台関係の悪化を望まない事情もある。陳政権時代の04年、中国はシンガポールのリー・シェンロン副首相が訪台した際、「台湾は中国の核心的利益である」と表明。同年のラオスで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)では「東南アジア各国はすべて『一つの中国政策』を採るべきで、台湾独立を支持すれば地域の安全が破壊される」と強調した。当時既に南向政策の政治的意図を懸念して、東南アジア各国に圧力を掛けていたのだ。中国と東南アジアは10年に自由貿易協定(FTA)を発効させるなど、経済関係を一段と強めており、中国の不興を買ってまであえて台湾との関係を強化したいと考える国はないと思われる。

新興国開拓が鍵

 こうした事情があるからこそ蔡政権は中国との協力をうたい上げたとみられるが、中国は台湾が「1992年の共通認識(92共識)」を認めない限り、いかなる交渉も行わないとの姿勢を強めている。そして、蔡政権の歩み寄りは当面考えられないため協力の実現は厳しいだろう。

 新南向政策で一定の成果を出す鍵、それは新たな市場の開拓だ。同政策は中国プラスワンの拠点を確保したい企業や、勃興するインドやミャンマー、さらなる成長が期待できるインドネシアを開拓したい企業にとってはメリットがある。ベトナムのアパレル・製靴業界で台湾業者が大きな役割を果たすようになったように、蔡政権はそれら新興国で台湾企業が存在感を高められるような現実的な目標を狙っていくべきではないだろうか。

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