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第58回 漁船団が太平島往来、蔡政権のジレンマ


ニュース 政治 作成日:2016年8月5日_記事番号:T00065678

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第58回 漁船団が太平島往来、蔡政権のジレンマ

 台湾が実効支配する南沙諸島(スプラトリー諸島)の太平島に航行した漁船団の扱いをめぐって、蔡英文政権が頭を痛めている。南沙に「島」は存在しないとした常設仲裁裁判所の見解に抗議するため、7月20日、漁船5隻(後に1隻が故障で脱落)が屏東県の東港塩埔港を出港した。片道1,600キロメートルを6日間かけて航行、25日深夜に到着し、香港メディアの取材陣を乗せた1隻を除く3隻が「飲料水の補給」の名目で港への接岸を許可され、公式には上陸は拒否されたものの、乗組員が接岸地点で島の上を歩いたのだった。

/date/2016/08/05/20news1_2.jpg漁船団は青天白日満地紅旗を数多く掲げつつ出港した(中央社)

 太平島周辺海域は年間約200隻の台湾漁船が赴く重要な漁場で、このうち150隻あまりが屏東県に船籍を置く。31日母港に戻った船団の一行は、地元住民らから「英雄」と呼ばれ盛大な歓迎を受けた。発起人である鄭春忠氏は、ペットボトルに詰めた太平島産の湧水を飲み干し、「われわれこそが太平島が島であって岩礁でないことの目撃者だ」と誇らしげに語った。

/date/2016/08/05/20news2_2.jpg東港に帰港し、支援者の声援に応える漁船団発起人の鄭春忠氏。国民党は、漁船団に罰金処分が科された場合、募金で肩代わりすることを呼び掛けている(中央社)

出港に圧力

 蔡政権は漁船団に対し、一貫して冷淡な態度を取り続けている。聯合報によると、上陸計画が明るみになるや、行政院漁業署は東港漁会(漁協)を通じて鄭氏に「あなたの船は活魚運搬船であるため、その業務以外では出港できない。運搬業務ではない太平島行きを強行すれば免許が取り消され、多額の損失が出るだろう」と「忠告」したとされる。

 出港前日の19日には、黄鴻燕漁業署副署長が「規定に合わない漁船は出港できない。違反すれば軽くて罰金、重ければ船舶没収、免許取り消しだ」と明言した。

 国防部は漁船団が屏東への帰途に就いた26日、「太平島は国防関連、学術研究などの理由を除いて上陸の申請はできない。一般民衆には開放しない」と表明した。今後類似の事態が起きることを防ぐ狙いだ。漁船団が戻った31日、漁業署は「漁業法と関連法規への違反については規定に従って処分する」との立場を改めて発表した。8月中旬までに結論が出される見通しだ。

「台湾の島を守れ」

 南シナ海問題で、蔡政権が漁船団に圧力をかけてまで事態の沈静化に動いたのは、声高に主権を主張してもデメリットの方が大きいと判断しているためだ。なぜならば領有権の根拠として挙げているのは中華民国が中国大陸を支配していた1947年当時の「南海諸島位置図」であり、主張すればするほど中国政府と同一の立場であることが強調され、台湾は中国と共同戦線を張るとの疑念を国際社会に与えてしまうからだ。米国、日本と溝が生じれば、太平島の実効支配は、米日陣営または中国のどちらを後ろ盾にするのかという問題に行き当たりかねない。

 ゆえに蔡政権の方針は正しいといえるのだが、領土問題はナショナリズムに直結するだけに対応が難しい。太平島は実効支配が60年以上に及ぶがゆえに「台湾の島」として市民に認識されており、「島を守れ」という主張は政治的立場を問わない普遍的なものだ。漁船団発起人の鄭氏は民進党支持者で、1月の総統選挙でも蔡氏を応援したという。彼にとっては屏東漁民の権益を守ることが重要で、「中華民国を名乗る台湾」の利益と尊厳のために太平島に行ったのであり、中華民国体制が定めた領土を守るという意識はなかったはずだ。こうした際の「中華民国=台湾」は、多くの台湾人にとってごく自然に受け入れられるものなのだ。

不信感生む恐れ

 台湾民意基金会の世論調査によると、蔡総統の支持率は最近1カ月で67.9%から55.9%に12ポイント下落。別の調査では不満足度が12.5%から36%へとほぼ3倍増となった。国民党寄りの中国時報の世論調査では、漁船団を「支持する」とした回答は67%、蔡政権による漁船団処分方針への「反対」は65%に上る。

 これらの数字は明らかに太平島問題への対応が響いている。「台湾のために行動した」漁船団への冷淡な態度は「領土問題で弱腰」と映っているのだ。漁船団に処分を下せば、「台湾は南シナ海問題で抑制姿勢を保つ」ことを米国にアピールできるだろうが、一般市民の間に蔡政権への不信感が芽生えてしまいかねない。今回はこじつけのような理由で処分に踏み切るのではなく、あえて目をつぶるのが得策ではないだろうか。

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