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記事番号:T00064395
2016年5月27日16:03

 蔡英文総統が先週20日就任し、民進党が8年ぶりに政権を奪回した。蔡総統は民進党主席の続投が決まり、25日に行われた就任式では「激情ではない情熱、冷淡ではない冷静さが民進党政権の風格となる。今後4年間、この姿勢で改革を推進する」と強調した。「冷静さ」が蔡新政権のキーワードだ。

/date/2016/05/27/20newscolumn1_2.jpg蔡総統。ヒマワリ運動に対する刑事告訴撤回、完全週休2日制の早期導入など、矢継ぎ早に「蔡カラー」を打ち出している(中央社)

 蔡総統は「今の人々が民進党に期待するのは、穏健な歩みの中で問題を解決していくことだ」とも語っている。まさに正しい現状認識といえる。台湾はこれまで政権交代のたびに大きな振幅が生じ、住民が振り回されてきた感がある。

 2000年の国民党から民進党への初の政権交代は激しい政治対立を生み、陳水扁政権は選挙のたびに独立イデオロギーに基づいた政策を押し出して社会に閉塞感をもたらした。

 国民党の馬英九総統は08年に政権を取り戻すや、陳総統をはじめ前政権関係者を次々と司法のターゲットにした。陳政権で国家安全会議秘書長などを務めた邱義仁氏は、外交機密費を横領した嫌疑で拘束され、メディアを使ってさまざまな疑惑を流され政界引退を迫られた(後に不起訴)。交通部長を務めた郭瑤琪氏は収賄に問われ、当初、一審、二審と無罪判決が出たにもかかわらず再審で有罪とされ、懲役8年の実刑が確定した。陳総統の娘婿、趙建銘氏はインサイダー取引で起訴され、いまだに裁判が継続中だ。郭氏も趙氏も無罪を強く主張しており、裁判には政治的報復のイメージが拭えない。この点において、馬政権は穏健だったとは言えない。

 今回の政権交代は、これまでで最も静かな雰囲気で行われた。それは蔡総統の性格と、新政権の置かれた位置から、独立志向の急進的な政策を打ち出したり、前政権に報復を加えるといった動きには出ないという信頼感を持たれているためだろう。「統一・独立」で「独立」に振れた陳政権、「統一」に振れた馬政権の後に登場した蔡政権は、振幅の幅を狭めて、経済構造のモデルチェンジ、社会のセーフティーネットの強化、公平・正義の実現などの公約に取り組んでいくことになる。今回は多数与党で、野党国民党が党勢を弱体化させている背景も、蔡政権の安定感に寄与している。

台湾意識濃厚な演出

 もちろん、蔡総統に台湾独立への希求がない訳はない。就任式典では、台湾400年の歴史を振り返るパレード形式のパフォーマンスが行われ、清兵が台湾原住民を追い払う場面や、日本統治時代の台湾議会設置運動、戒厳令下での民主化運動、ヒマワリ学生運動など、台湾意識を濃厚に感じさせる演出が目立った。ヒマワリ運動のために作られた曲が演奏され、蔡総統は演説の最後にこの曲の「今がその時だ。勇敢な台湾人よ」という歌詞に感動したと述べ、「われわれは民主、自由、そしてこの国を守る台湾人になろう」と呼び掛けた。「この国」は「中華民国」ではなく、「台湾」であることは間違いない。

国際社会では慎重に

 就任式翌日の21日、潘文忠教育部長が、馬政権が2年前に改定した高校の学習指導要領を廃止する方針を示した。同指導要領は、歴史表記で「日本統治時代」を「日本占領時代」に改めるなど「大中国史観」に基づいているとして議論を呼んでいた。

 一方、25日に世界保健機関(WHO)の世界保健総会(WHA)に出席した林奏延衛生福利部長は、台湾の医療制度について演説を行った際、すべて「中華台北」で通し「台湾」という表現を一度も使わなかった。馬政権時代の衛生福利部長たちが「中華台北」と「台湾」を混用していたにもかかわらずである。

 この2人の閣僚の言動は、蔡政権の方向性をよく表している。すなわち「内部では台湾化を推進しつつ、国際社会では慎重に行動する」だ。台湾独立への希求は将来のいつの日にかと胸に秘めつつ、中国に寄った馬政権のベクトルを引き戻し、実務的改革の推進を至上命題に置くのがこの政権なのだ。

/date/2016/05/27/20newscolumn2_2.jpg26日、初めて総統府各階を視察した際には、職員たちから相次いでサインや記念写真を求められた(中央社)

日台関係拡大に期待

 蔡政権は比較的早い段階で目に見える結果が求められる。中台の経済関係が緊密化した現在、中国との関係悪化は経済面では明らかに不利な上、中国は今後政治的な揺さぶりを強めるとみられる。厳しい環境ではあるが、着実に改革を進め、台湾の体質強化で成果を挙げることを期待したい。

 日台関係は大幅な拡大が期待できる。日本は台湾の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加への支援、企業投資の後押し、台湾観光キャンペーンなど、経済面で台湾への協力を強化すれば、対中安全保障の上でも有益なはずだ。

吉川直矢

吉川直矢

ワイズメディア

東京外国語大学中国語学科卒。大手放送局記者、海外経済情報メディアでの編集長職を経て、07年Y'sニュース創刊に参加、以来編集長を務める。専門分野は台湾政治。
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