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第53回 反日に始まり反日で終わる、沖ノ鳥島事件と馬総統


ニュース 政治 作成日:2016年5月6日_記事番号:T00063998

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第53回 反日に始まり反日で終わる、沖ノ鳥島事件と馬総統

 日本最南端の領土、太平洋の沖ノ鳥島(東京都小笠原村)をめぐって馬英九政権が対日摩擦を強めている。

 きっかけは屏東県の漁船「東聖吉16号」が4月24日、沖ノ鳥島沖105カイリ(約195キロメートル)の日本の排他的経済水域(EEZ)内で操業し、海上保安庁に拿捕(だほ)されたことだ。馬総統は翌25日の国家安全会議で「沖ノ鳥島は9平方メートルの大きさしかなく、国際法上では絶対に島ではなく岩礁だ。EEZは設定できない」と主張した。26日には張善政行政院長が「島ではない」という見解を台湾政府として初めて公に表明、日本に抗議する意向も示した。馬総統は沖ノ鳥島の台湾政府機関による呼称を「沖ノ鳥礁」に統一するよう指示。台湾漁船の安全な操業を守ると称して、5月1日までに軍艦1隻と巡視船2隻を同海域に向けて出港させるなど、行動をエスカレートさせた。 

/date/2016/05/06/20news1_2.jpg日本が沖ノ鳥島海域で警戒態勢を強化したことを受けて、台湾は最大の救難艦「宜蘭艦」を増派した。日台が摩擦を深めて喜ぶのは中国だけだ(5日=中央社)

 台湾はなぜ、東日本大震災以来、空前の友好ムードにあった日台関係に水を差すような挙に出たのか。今回はこれについて考えてみたい。

権益拡大のチャンス

 「沖ノ鳥島は島ではない」という台湾政府の主張には、馬総統の強い意思が働いていることは明白だ。馬総統は、日本の権益を削ることで、台湾のそれを拡大できる可能性があると判断したのだ。

 南シナ海をめぐる周辺国の紛争で、フィリピンは台湾が実効支配する太平島を含む島々を「岩礁」と主張し、周辺12カイリの領海設定は違法という申し立てを国際仲裁裁判所に行っている。間もなく判決が出ると報じられているが、同裁判所が仮に「島と岩礁」の判断に踏み込んだ場合、フィリピンの主張は容れられず、太平島では台湾が有利になる可能性がある。

 一方、沖ノ鳥島はどうだろうか。国連海洋条約第121条第8部「島の制度」第3項は、「人間の居住または独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域または大陸棚を有しない」と明記している。中国はこの条文に基づいて2004年以降、満潮時に水面上の面積が10平方メートルに満たない沖ノ鳥島は岩礁であり、日本はEEZを設定できないと主張してきた。日本はこれに対抗すべく、作業架設台に灯台を設けたり、港湾施設の建設を推進するなど、「経済的生活」の実績づくりに努めてきた。

 国連海洋条約は立場によって異なる解釈が可能だろうが、馬総統は今回、太平島に対するフィリピンの主張が認められなければ、沖ノ鳥島海域では台湾の立場を有利にできると考えたはずだ。台湾の権益拡大にかかわるだけに、蔡英文新政権も自分が設定した路線に従わざるを得ないとの思惑もあろう。

中華ナショナリズムを発揮

 馬総統にとって「沖ノ鳥島は島ではない」と主張することは、中華ナショナリズムで中国と軌を一にするメリットもある。

 馬総統は沖ノ鳥島では中国と同じ主張を展開し、太平島に至っては、今年1月に米国の反対を押し切って訪問、中国から高く評価された。馬総統は退任後、中台交流を強化する役割を任じるはずで、筆者は年内に訪中するとみている。任期終了に当たって、中華ナショナリズムを今一度アピールすることで、中国との関係において自身の価値を高められると考えたのではないか。

反日感情を解放

 第三点として、退任が目前に迫り世論を気にする必要がなくなったため、本来の反日姿勢に立ち返ったとみられることが挙げられる。馬政権は発足直後の08年6月、台湾漁船が尖閣諸島の日本領海内で海上保安庁の巡視船と衝突して沈没した事故が起きた際、駐日代表を召喚して抗議。当時の劉兆玄行政院長が「日本との開戦も辞さない」と強硬発言をして反日色を明確にしたものの、世論が全くついていかず、対日融和路線に切り替えざるを得なくなった経緯がある。今回は抑圧していた反日感情を思う存分発揮しているのではないか。

/date/2016/05/06/20news2_2.jpg蔡政権下で駐日代表に就任する謝長廷・元行政院長は、「もし日本と開戦することになれば、米国に宣戦布告するようなものだ」と馬政権の対応を嘆いた(4日=中央社)

 この8年間で大きく拡大した日台関係を横目に、馬政権は反日に始まって反日で終わることになった。日本人にとって不愉快なことは言うまでもないが、蔡政権への交代によって事態が確実に収まることが救いといえよう。

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