第49回 転型正義の方向性


ニュース 社会 2016年3月4日

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第49回 転型正義の方向性

記事番号:T00062301

 蔡英文民進党主席が総統選で当選して1カ月半がたった今、「転型正義」が熱く語られている。転型正義とは「transitional justice」の中国語訳で、日本語では「移行期の正義」と訳される。権威主義的統治から民主主義に移行した社会が、過去に行われた人権侵害に対して責任者の処罰や被害者の名誉回復・補償を行ったり、旧時代から続く不公正や、弊害を抱えた制度を正して、公平と正義を実現することを指す。

76%が「いまだ完了せず」

 商業誌『今週刊』が1月下旬に行った一般市民へのアンケート調査(回答件数1,121件)によると、台湾ではまだ転型正義の実現が完了していないという回答が76%に達し、国民党支持者でも66%がそうした認識を持っていた。民進党支持者に至っては83.8%に達した。転型正義の推進には十分な社会的コンセンサスが得られていると言える。

 台湾が権威主義体制下にあったのは国民党の蒋介石・蒋経国総統親子の時代で、残された悪しき遺産にメスを入れることは、国民党が立法院で多数を占め続けた馬英九政権時代までは、ついにできなかった。国民党自身が、莫大な党資産など当時からの恩恵をいまだに受けているためだ。それが、史上初めて民進党が総統府と立法院を押さえることになったため、転型正義が現実のものになるとして、これまでにない強い関心が寄せられているのだ。

 転型正義の対象には、国民党が特権的に得た経済的恩恵の是正と、現在も残る権威主義の清算の2種類がある。経済的恩恵の例としては、国民党自身の党資産の他、台湾全土で100カ所以上の拠点を持ち、その多くが国有地を占有または廉価で借用して宿泊施設などの営利事業を営んでいる国民党外郭団体「中国青年救国団」や、国民党高官の夫人らが幹部を務め、輸入商品を扱う企業からの制度的な献金を活動費とすることで莫大な資産を築いた「中華民国婦女聯合会」、主管機関である衛生福利部の許可なしに募金を行う権利が法律で認められ、それによって多額の資産を築いたとされる「中華民国紅十字会」などがある。これらは法律や条例の改正などを通じて、国庫への返還や、組織の改正、財務の透明化が図られるべきで、その実現には期待が寄せられている。

孫文肖像画の廃止提案で波紋

 権威主義の清算には、比較的慎重な対応が求められる。

 2月20日、民進党の高志鵬立法委員が、転型正義の一環として、「中華民国国章・国旗法」「宣誓条例」などを改正し、各地の政府機関、学校、軍施設などに孫文の肖像画を掲げる規定の廃止を提案する考えを示した。民主化された現代にあって、孫文の肖像画は権威主義的でふさわしくないことを理由に挙げたが、直ちに国民党側から、転型正義に名を借りた中華民国体制への挑戦で、中華民国の現状を維持すると蔡主席が約束していながら、早くも闘争を仕掛けるのかと批判を受けた。このため蔡主席は「政治的に敏感な議題や重大政策については党内討論が必要」と、高立法委員の提案にストップをかけた。


228事件に対する転型正義の推進について蔡英文次期総統は、権威主義時代の資料の整理・公開や、真相和解委員会の開催などによって行う考えを示した(中央社)

 228事件から69周年を迎えた今月28日、台北市で行われた記念式典では、ある遺族が馬英九総統に対し、国民党資産による遺族への賠償と蒋介石元総統の銅像撤去を要求した。また、台湾各地の蒋介石銅像に白ペンキがかけられるなどのいたずらが相次いだ。これらもまた、転型正義の名の下に行われた行為だ。

中華民国体制への挑戦に転化

 転型正義は、中華民国そのものだった国民党の過去を正す動きであるために、中華民国体制への挑戦に転化しやすい性質を持っている。それゆえ、社会的対立と不安定化を生じさせやすい。だが、それは陳水扁政権時代に国民党と民進党の激しい政治対立を経験した台湾住民にとって、不毛な過去の繰り返しに映るだろう。


中正紀念堂は、陳政権末期に一度「台湾民主紀念館」と改称され、馬政権になって元に戻されている(YSN)

 ゆえに、蔡政権は権威主義の清算に当たっては社会的コンセンサスを得やすいものから着手すべきで、蒋介石元総統をその対象に含めれば象徴的な意義を持つだろう。一部で強い反発が出るのは確実だが、蒋元総統は228事件で台湾住民を弾圧した当事者だ。中正紀念堂の名称変更と銅像の移転、各地の「中正路」の改名が実現すれば歴史に残る成果となるはずで、そうすることによって、多くの台湾人が無意識のうちに抱えている権威主義時代からの心理的圧力より解放されるのではないだろうか。

ワイズニュース編集長 吉川直矢

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