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第46回 蔡政権誕生へ、中台の歩み寄りは可能か


ニュース 政治 作成日:2016年1月22日_記事番号:T00061638

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第46回 蔡政権誕生へ、中台の歩み寄りは可能か

 民進党の蔡英文主席が総統選で当選した。先週の総統・立法委員選挙は、台湾で生まれた政党が初めて多数与党として政権を担うことが決まる歴史的な結果となった。

 蔡政権の最大の注目点は、中台関係がどう変化するかだろう。中国の一部の専門家からは「民進党は大勝によって対中政策を調整できる余地が拡大した(劉相平・南京大学台湾研究所副所長)」と、歩み寄りを期待する声も聞かれる。

 中国は蔡主席に対する批判を避けつつ、静かに選挙戦を見守ってきたが、当選直後に「1992年の共通認識(92共識)を引き続き堅持し、いかなる形であれ『台湾独立』の分裂活動に反対する」と表明した。一方、蔡主席は92共識に対し「唯一の選択肢ではない」と否定的な立場をとってきた。

 新政権の中台関係の方針は、「中華民国の現行の憲政体制下で、平和的な発展を推進する」というものだ。これは中国に対して「一つの中国の枠組みを動かさない」という意思表示であり、民進党にとっての「92共識」と言える。すなわち民進党は「一つの中国」は認めないが、台湾に定着したがゆえに許容範囲である中華民国を維持して、独立を推進しないという姿勢を対話基盤として認めるよう中国に求めているのだ。

就任演説が最初の鍵に

 中国は当面、5月20日に行われる就任演説を注視するだろう。ここで想起すべきは16年前の陳水扁総統のケースだ。陳総統は当時の就任演説で、「独立を宣言せず、国号を変更せず、二国論を憲法に加えず、統一か独立かを問う住民投票は行わず」と表明した。独立は推進しないと明言したものの、「一つの中国」を表明しなかったため中国は評価せず、関係は悪化していった。今回も「92共識」や「一つの中国」に踏み込むか否かが判断基準になるはずだ。だが、蔡主席が歩み寄る可能性は低く、16年前と同様、就任演説が関係冷却化の端緒となるのではないか。

 一つの妥協案として、15年3月に柯文哲台北市長が使った「両岸一家親(中台は一つの家族)」がある。当時、中国は「両岸(中台)交流にプラスだ」と評価した。この表現であれば台湾側は「一つの中国」に踏み込まなくて済み、世論にも受け入れられる。ただ、最高指導者に求められるのは、より明確な言葉だろう。


歴史的な勝利を挙げ、民進党陣営は歓喜に沸いた。だが、中台関係と経済の2大課題を前に「蔡政権にハネムーン期間はない」と評されている(YSN)

「引き金」が摩擦生む

 選挙後のさまざまな論評の中で筆者が興味深く感じたのは、国民党の中台関係の専門家である蘇起・元国家安全会議秘書長の分析だ。蘇氏は、蔡政権発足後は「拳銃の引き金」のような人物が増え、銃弾が乱射される結果、蔡政権の対中対応が困難になっていくと指摘する。

 例えば、今回の選挙では、投票日直前に韓国のアイドルグループ「トゥワイス」に属する台湾人少女、周子瑜が番組で中華民国旗を振ったことで謝罪と中国人であると表明を迫られる事件が起き、有権者の反中感情が高まり、民進党の票が増えたとみられている。

 大きな話題になったことから蔡主席は当選直後の演説で、「私が総統に就任すれば、自分のアイデンティティーによって謝罪する人は出なくなる」と強調した。選挙期間を通じて中国を挑発する言動は控えてきたが、勝利した高揚感もあってか反中的な台湾ナショナリズムに踏み込んだのだ。周子瑜はこの発言を引き出す「引き金」の役割を果たしたのだった。

 独立派陣営は中華民国体制の維持方針には内心不満であり、中台間で何らかの摩擦が起きるたびに反中的な意見を噴出させ、蔡主席もそれに同調を迫られる結果、中国の不信感を買うケースが相次ぎ中台関係が困難になる、というのが蘇氏の見方だ。

 筆者も、中台関係がこうした展開をたどって冷え込む可能性は高いとみている。台湾経済界が期待する物品貿易協定を含め、中国との間で新しいことは何も決まらなくなり、蔡政権の不安定化要因になる恐れがある。対中関係は代替策を用意できる問題ではなく、その場合にあくまでも信念を貫くのか、または深刻な状況を避けるべく譲歩するのか、蔡主席は今から方針を熟考しておかねばならないだろう。

ワイズニュース編集長 吉川直矢

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