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第20回 2008年台湾経済回顧 〜構造的な弱さの露呈と馬英九政権の課題〜


ニュース その他分野 作成日:2008年12月16日_記事番号:T00012283

台湾経済 潮流を読む

第20回 2008年台湾経済回顧 〜構造的な弱さの露呈と馬英九政権の課題〜

 
 2008年が間もなく過ぎ去ろうとしている。世界金融危機のただ中で大きな出来事が世界各地で次々と起こっているだけに、08年を振り返るのはまだまだ早いのかもしれない。ただし、読者の皆さまの慧眼に拙文が触れるのは、今年最後となる。気の早さをご容赦いただくこととし、08年の台湾経済を振り返ってみたい。

 08年は、台湾経済が高成長からマイナス成長へと急速に様変わりするなか、台湾経済が持つ構造的な特徴、さらに言えば構造的な弱みが鮮明な形で露呈した年であった。

資源価格の高騰に対する構造的な弱さ

 08年1~3月期の実質GDP成長率は前年比+6.2%と、輸出の好調さを背景に、年初の台湾経済は潜在成長率(4.5%前後と言われる)を大きく上回る成長を続けていた。ただし、馬英九政権誕生の背景にあると言われるように、台湾市民は高成長という実感を持つことができなかった。そもそも01年のITバブル崩壊以降、中国などのキャッチアップなどを背景に、台湾企業は賃金抑制的な対応を採ってきたが、資源価格の高騰が2つの経路を通じて資源に乏しい台湾の所得環境をさらに悪化させたからである。

 その経路とは、(1)輸入原料価格高騰の一方で、輸出価格は上がらず、賃金払いが抑制された(2)インフレの高進が実質賃金を目減りさせた、という経路である。

輸出依存度の高さゆえの外的ショックへの弱さ

 かくして個人消費を中心とする内需が弱含むなか、輸出依存度がよりいっそう高まることとなった。そこを世界金融危機による輸出環境の劇的な悪化という不運が台湾経済を襲った。財・サービス輸出の実質伸び率は、08年1~3月期の前年比+12.7%、4~6月期の+9.9%と2けた前後の伸びだったものが、7~9月期には-0.7%へと急落した。10~12月期にマイナス幅が拡大することは、ほぼ確実な情勢だ。

 前回示したとおり、台湾の輸出の減少は、賃金払いや企業の利益にも大きな影響を及ぼす。現に、08年7~9月期、個人消費は前年比2.0%減、総固定資本形成も11.5%減となった。人員削減・賃金カット、設備投資縮小計画が相次いでおり、09年も厳しい情勢が続くと言わざるを得るない。

受託生産主体の産業構造ゆえの脆弱性

 輸出依存度の高さという点では、他のNIEsと程度の差こそあれ同じである。それにもかかわらず、台湾の輸出の減少幅が大きいのは、OEM/ODM主体の産業構造に大きな一因がある。先進国・韓国メーカーなどが自社の稼働率を引き上げるために、台湾のOEM/ODMメーカーへの発注を急速に減らしたことで、台湾の輸出の調整幅が大きくならざるを得ないという状況になったのである。台湾積体電路製造(TSMC)が半導体全体よりもファウンドリー(受託生産業者)が受ける影響が大きいとの見通しを示したり、台湾系TFT-LCDメーカーの世界シェアが急速に低下したりしている背景には、こうした台湾の産業特性がある。

 馬英九政権は急速な景気の冷え込みを受けて、緊急経済対策を矢継ぎ早に打ち出している。11月20日に劉兆玄行政院長が公務員全員に向け、彼らを労う手紙を出しているが、友人らの話を聞いても、本当に政府関係者・公務員諸氏は相当な業務量をこなしていると思う。いろいろなアイデアを出し、政策に落とし込むだけでも大変である。また、85年以来の自由化路線の採択により、政府が経済上果たしうる役割は従来に比べ格段に小さくなっているが、台湾社会は政府に対して過度の要求をしている面もあるように思われる。小生の議論もそうした部類に入るかもしれないが、政策運営上、さらなる改善を要する点はあるだろうと感じている。

 第一に、スピード重視の一方で、十分な調整が行われていない感があり、それが台湾市民・産業界からの失望につながっている面がある(直航拡充や中国人観光客受け入れをめぐる細部調整不足やデモなどの発生、自動車産業支援のための新車購入・廃車補助金支給策の発出のタイミングや内容、増額した公共投資の執行率の低さなど)。

 第二に、緊急経済対策と中長期的な発展戦略との間のリンケージをよりいっそう重視する必要がある(例えば、賦税改革委員会における景気刺激・減税重視の議事進行に対する委員からの反発など)。もし両者が相反する性格を持つ場合には、緊急対策を優先させる理由を説得的に説明することが求められる(特定産業支援策と中長期的な産業発展戦略との関係など)。

 第三に、雇用情勢悪化に伴う所得格差のさらなる拡大が予想される中、所得再分配、セーフティネットに関する制度的な枠組みの整備により多くの体力を注ぐ必要があると考えられる(高所得者層により多くの利益をもたらす遺産税・贈与税の減税は海外からの資金流入を誘発し、台湾経済の発展を促すために必要とされるが、カネ余りという環境下でどの程度効果を持つのか、また所得再分配との関係をどのように考えるのか)。

 第四に、OEM/ODM受注を引き止めるため、あるいはOEM/ODM主体のビジネスモデルからの脱却を図るためにも、研究開発や人材育成へのさらなる資源投入が不可避であり、その制度的支援をさらに拡充する必要がある。来年度の研究開発支援・人材育成関連予算を引き上げる方向で審議が行われているが、補助金の支給方法についても、きめ細やかな制度設計を行なう必要がある。

 馬政権は、対中経済交流規制の緩和をてことして外資系企業や「大陸台商(中国進出の台湾企業)」の台湾誘致を図ろうとしているが、そのためには、中国とは異なる台湾の優位性の所在をより丁寧に説明し、その優位性をさらに強化していくことを示すことが必要だと思われる。その優位性とは、コスト上の優位性と違って説明に手間を要する技術力・人材であろう。

 09年が台湾経済にとって試練の年となることは間違いない。通年でマイナス成長になる可能性もある。民間企業のキャッシュフローがさらにタイトになると予想されるだけに、中長期的な発展を支えるための政府の研究開発・人材育成支援が必要とされているし、台湾企業自身も苦境の中で将来の布石を打てるのかが試されている。

 08年はネットブック(機能限定型の低価格ノートパソコン)で台湾勢がノートパソコン全体の約2割に相当する市場を作り出した。利益率の面での貢献は低いとも言われるが、大きな成果の一つであることは間違いないだろう。創意、コスト意識の高さとさらなる技術力の向上の組み合わせにより、第2、第3のネットブックが09年に台湾から生まれることを期待したい。


みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟

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