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第25回 中国人観光客の急増と台湾の観光産業


ニュース その他分野 作成日:2009年5月12日_記事番号:T00015284

台湾経済 潮流を読む

第25回 中国人観光客の急増と台湾の観光産業

 
 先月、出張ではなく久々にプライベートで台湾に観光旅行に出かけた。出張時にも空港で中国人観光客が増えてきているとは感じてはいたが、空港から直行した故宮博物院でその急増ぶりをまさに「体感」することとなった。

 昨年7月の中国人観光客受け入れ枠拡大直後は、中国人観光客はそれほど顕著に増えたわけではなかったが、今年3月に入り、その数が急増している。今年2月までは1日当たり700人にも満たない状況だったが、今年3月には1日当たり1,941人にまで増加、4月には上限である1日当たり3,000人程度にまで増加したと馬英九総統が発言している(図表)。

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中国人であふれる故宮博物院

 故宮博物院を訪れる中国人観光客もそれに伴って急増している。今年1月が合計1万9,357人、2月が2万1,087人だったのが、3月には6万4,789人と3倍に膨れ上がり、参観者の48%を中国人観光客が占めることとなった(『中国時報』2009年5月1日)。

 恐らく小生が訪れた4月には、さらにその数を上回る中国人観光客が故宮博物院を訪れていたとみて間違いなかろう。「翠玉白菜」「肉形石」が飾られている展示室は長蛇の列だった。幸い土曜日で、夕方5時以降も開館していたため、団体観光客が食事に向かうのを見届けた上で、それらの名品の参観を果たしたほどだった。

 人が多すぎ、賑やかすぎて静かに展示物を鑑賞することができないとの苦情も寄せられているそうだ。その解決策として、上記の「翠玉白菜」「肉形石」のみを展示した特設会場を設けて人の流れをコントロールすることが検討されている上、今年6月1日から10人以上の団体観光客が故宮博物院を参観する場合には、▽事前予約を原則とし、1時間半当たりの団体観光客受け入れを合計2,500人に絞る▽団体観光客用の音声ガイド設備も事前予約制とし、その設備を携帯しない団体観光客の入場を認めない(大声でガイドするのを避けることが目的とみられる)――といった措置がとられることになっている(故宮博物院「最新消息」2009年5月6日)。

観光客急増と受け入れ態勢にギャップ

 また、中国人観光客に団体旅行を義務付けているがゆえに、故宮博物院などの観光名所やホテルの少ない地域の混雑が激しくなっているとの指摘もあることから、1日当たり3,000人という受け入れ枠を当面維持した上で、個人の自由旅行を徐々に解禁していくことも検討され始めている(『中国時報』2009年5月4日)。

 これらの対応が示すように、中国人観光客の増加に力点が置かれた結果、受け入れ態勢とのギャップが生じてしまい、台湾当局が目指してきた観光の質の維持にマイナスの影響を与えることになってしまったといえよう。どのような形で速やかに観光客の受け入れ拡大と観光の質の維持・向上を図るのかが、台湾観光業の発展とそれを通じた景気浮揚効果を左右することになるだろう。

改めて問われる「台湾の魅力」

 この中国人観光客の受け入れ枠拡大を大きな契機として、台湾当局は観光業を六大新興産業の一角に位置付け、その支援策を大幅に拡充していく方針を掲げている(交通部「観光抜尖領航方案」2009年4月9日)。観光業を「新興産業」として位置付けることについては、違和感も持たれるかもしれない。

 しかしながら、外国人観光客を引き付けるためには、台湾の魅力とは何か、それを体感してもらうためのビジネスモデルとは何かが改めて問われることになる。観光業それ自体が台湾のGDPに占めるシェアは限定的だが、観光業の振興が台湾の魅力再考、よりよい環境の創出につながるという意味では、観光業が台湾の経済社会に与える影響は決して無視し得ない。

 台湾当局が重視している中国人観光客の受け入れ枠拡大は、中国とは異なる台湾の魅力とは何かを再考することにつながる可能性がある。その一方で、古き日本統治時代の瓦屋根の家屋が日本人観光客に懐かしさや親近感を抱かせるように、中国人観光客を引き付けるために、中国との共通性の深耕に台湾観光業が向かうことも考えられるだろう。

 この中国との「差別化」、「共通性」の深耕という二つの軸の中で、台湾の観光業、ひいては台湾社会がどのような対応をみせ、それを他国の観光客がどのように評価するのか。「個々が魅力を備えた観光資源の多元的な発展」というのが最適解であろうし、台湾当局もそれを目指している。その先行きを一観光客として見つめていきたい。


みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟

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