今年6月に入り、中国企業が次々と台湾を訪れ、積極的に調達活動を行っていることは、本紙でもお伝えしている通りである。
調達団が相次ぎ来台
中国商務部傘下の海峡両岸経貿交流協会は、台湾企業からのノートパソコンや家電製品、洋傘などの調達額が確定分だけで8億2,700万米ドルに上り、今年末までに追加で14億米ドルの調達が行われる見通しだと述べている(本紙09年6月5日号)。また、中国大手カラーテレビメーカー9社が、台湾企業から今年は通年で当初計画2倍の44億米ドル分のパネルを調達する見込みだと報じられている(本紙6月8日号)。6月3~4日に開催された両岸通信協力・交流会議では、中国での3G通信サービスの発展により、今後3年間で1兆人民元(約14億3,800円)の調達機会が生まれ、台湾でも少なからぬ受注が見込めるとの観測が出ている(本紙6月4日号)。
8日からは中国のLED(発光ダイオード)調達団が台湾を訪れている。中華民国対外貿易発展協会(TAITRA)は、年内に中国調達団20組を受け入れ、100億米ドル程度の受注が可能だと見込んでいるようで(本紙6月5日)、それが現実のものとなれば、08年の台湾の輸出総額のうち約4%に達する規模となる。
中国から台湾に調達団が次々と送られてくる背景には、中国との交流拡大を通じ経済活性化を狙う馬英九政権の意向、それに対する中国政府の呼応があることは論を待たない。中台間産業交流・協力のプラットフォーム形成を目的とした「搭橋専案(懸け橋プロジェクト)」を台湾経済部が精力的に推し進めているが(図表)、上記の通信・LED関連のミッションは、同プロジェクトに基づくものである。会議の場では、台湾企業からの調達のみならず、研究開発(R&D)や産業標準の策定など、さまざまな分野について、今後の協力関係のあり方が議論されている状況にある。
また、6月末には、中国企業の対台湾投資が部分的に解禁されることになっており、資本提携を通じた中台間の産業協力が後押しされることになるだろう。さらには、5月26日の中国国民党の呉伯雄主席と中国共産党の胡錦濤総書記の会談で、「両岸経済協力枠組み協議(ECFA)」の交渉を09年下半期に開始し、10年の締結を目指すことが合意されている。これも中台間の経済交流を促す要因となり得る。
韓国が警戒心
このように、中国と台湾の経済交流は政府の音頭の下、ここに来て勢いを増している状況にあるが、それを「脅威」と見なす声が出てきている。その典型例が韓国の『朝鮮日報』に掲載された「猛追するChaiwan」という記事である(5月29日)。中国(China)企業と台湾(Taiwan)企業が手を携えたこと=(Chaiwan)で、中国の液晶パネル市場における韓国勢のシェアが急速に減少したという趣旨の記事である。
『朝鮮日報』の過去の記事を検索してみると、「Chaiwan」という造語は一昔前から韓国で使われていたもようである。07年当時、「Chaiwan」とは「中国の強大な生産力と(台湾内における)自社の研究開発能力を組み合わせた台湾企業」を意味していた(『朝鮮日報』07年8月1日)。しかし、中台間で施政者レベルの蜜月関係が生起したことで、「Chaiwan」という言葉の持つ意味が、「台湾海峡を跨いだ分業ネットワークを持つ台湾企業」ではなく、「中台間の産業協力」へと変わったのである。
日系メーカーにマイナス影響も
中台間の産業協力の進展は、日本企業にとってどのような意味を持つのだろうか。液晶テレビ分野を事例として考えてみると、企業によって受ける影響は異なる。台湾の液晶パネルメーカーに部材を供給している日本企業からすれば、中国家電メーカーによる台湾企業からのパネル大量調達は福音となる(なお、中台間で産業標準を作ろうとする動きがある点には注視を要する)。
一方、自社ブランド製品で中国におけるシェア拡大を狙っている日本メーカーは、マイナスの影響を受ける恐れもある。今後、中国企業による調達規模が拡大していった場合、台湾企業が中国企業への供給を優先し、日本企業がパネル調達に苦労する局面が出てこないとも限らないためだ。
低価格帯市場でシェア拡大できるか
今後数年、先進国経済の力強い回復は期待しにくく、売れ筋はこれまでよりも低い価格帯の製品となるだろう。相対的に、高成長が期待される中国などの新興国市場においても、中間層の所得水準がまだ低いため、低価格帯がボリュームゾーンになることは必至である。
中国企業が競争力を持つ低価格帯市場において、日本企業がシェアを維持、拡大できるのか?この問題は今後、台湾企業から見て中国企業、日本企業どちらが上客かという判断にかかわる問題に発展していく可能性がある。
このように、現下の経済情勢と相まって、「Chaiwan」時代の到来は、日本企業と台湾企業の付き合い方にも深遠な影響を与え得るのである。それだけに、中台間の産業協力の動向を注意深くウォッチしていく必要があるだろう。
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟