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第29回 「チャイワン」が抱える政治的リスク


ニュース その他分野 作成日:2009年9月15日_記事番号:T00017911

台湾経済 潮流を読む

第29回 「チャイワン」が抱える政治的リスク

 
 中台間の産業協力の進展、すなわち「チャイワン」が日本企業にとって有利に働くか、それとも脅威になるかが議論されるようになっている。その議論の前提は、対中関係改善を公約の柱に据える馬英九政権の下で、中台間の産業協力がスムーズに進むことである。しかし、この1カ月あまりの間に中台間で生じたさまざまな事象は、「チャイワン」の進展に政治が影響を与える恐れがあるとの印象を抱かせている。

ダライ訪台が中台交流に影

 台風8号が600人を超える人的被害をもたらし、馬英九政権に対する信任を低下させる中、2009年8月31日にダライ・ラマ14世の訪台が民主進歩党(民進党)主導で行われた。08年3月にチベット、09年7月には新疆ウイグル自治区で騒乱が起こり、しかも建国60周年を控える中、中国政府は今回のダライ・ラマ14世の訪台に対して不快感をあらわにした。

 その結果であるか否かは不明であるが、台湾との交流会の開催延期・キャンセルといった事態が生じた。例えば、(1)中国人民銀行の蘇寧副行長を団長とする中国金融学会代表団の訪台が1週間延期になる(2)9月2日に予定されていた山東省済南市長の訪台が取り消しとなる、といった事例である(『経済日報』09年9月1日)。

 中国政府自身、国務院台湾事務弁公室スポークスマンが「ダライの訪台は必ずや両岸関係にマイナスの影響を与える」との談話を発表しており(09年8月30日)、また、「反国家分裂法」第8条では、台湾が中国から分離するという事実を起こした場合などには「非平和的方式およびその他の必要な措置」を取ることができると規定している。ここから判断して、政治的理由により、経済活動が影響を受ける可能性を否定してはいない。

中国「以商囲政」政策の影響

 また、09年4月に国務院台湾事務弁公室の王毅主任が「8つの善意」を表明したのを契機に加速している中台間の産業協力についても、「ビジネスを通じて政治を囲う(以商囲政)」という中国の対台湾政策に基づくものであり、政治的配慮により平等な競争環境が損なわれるのではないかと懸念する声もあるようだ。これも、中台間の産業協力が政治的動機によって左右されることに対する懸念の別の形での表現といえるだろう。もしこうした懸念に相当な蓋然(がいぜん)性があるとすれば、中国企業の台湾企業からの大量調達は、政治的動機により突然減り、そこから利益を得ている日本企業もそれに伴って被害を受けることになる。あるいは、台湾企業と競合関係にある日本企業は競争力があっても政治的な考慮が優先されることで、中国市場の開拓上、台湾企業よりも不利な待遇に置かれることになる。

 こうした懸念を完全に打ち消す材料はない。ただし、少なくとも現段階においては、中台間の産業協力が抱える上記の政治的リスクに対して過敏に反応する必要性は低いだろう。中国政府が軽々に経済制裁に類する行動に出た場合には、現状維持を望む多くの台湾市民に嫌中感を抱かせ、台湾との統一にとって不利になってしまう。また、中国企業による台湾企業からの大量調達についても、政治的考慮に基づく支援があったとしても、経済合理性に反した形で長期にわたり続けることは難しい。中国企業自体の競争力を損なう恐れがあるからだ。加えて、中国政府は今回のダライ・ラマ14世訪台に対する明示的な批判の対象を民進党にとどめており、明白な経済制裁的行為は避けている。

台湾という「場」の競争力強化を

 ただし、上記のように、中国政府は政治と経済とを完全に分離させた形で台湾と付き合うわけではないことをさまざまな形で示唆しており、潜在的な政治リスクは残ることにはなると考えられる。台湾が「以商囲政」に対する耐性を高めるには、台湾という場の競争力強化に力を入れ、中国からみた台湾との経済交流のメリットを維持・拡大させるとともに、国際分業における台湾の地位を高め、第三国からみた台湾の経済的価値を増進させる必要があるだろう。  

 また、それこそが中台産業協力から得られる利益を極大化させるうえでの鍵となる。馬政権の産業政策はこれからよりきめ細やかな政策措置の設計、実施段階に入っていく。閣僚の入れ替えに伴い、政策の力点や手法の変化が起こる可能性もあるだけに、今後の具体的な政策の展開が注目されるところである。


みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟

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