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第34回 ECFAをめぐる中台の争点


ニュース その他分野 作成日:2010年2月9日_記事番号:T00020916

台湾経済 潮流を読む

第34回 ECFAをめぐる中台の争点

 
 昨年12月の中台交流窓口機関のトップ会談での合意に基づいて、今年1月26日に北京で海峡両岸経済協力枠組み協議(以下、ECFAと略)の正式な事務レベル交渉が始まった。1月26日の交渉では、次の点で合意が形成されたもようである。

1.ECFAの締結は中台双方の一部産業にショックを与えるものの、全体としてみれば中台双方の経済に好影響をもたらす(10年1月20日に台湾側の中華経済研究院と中国側の商務部国際貿易経済合作研究院・対外経貿大学・南開大学が発表したECFA関連研究についての共同結論・提案を再確認)。

2.ECFAの基本的な内容として、財・サービス貿易の市場開放、原産地規則、アーリーハーベスト、貿易救済措置、紛争解決、投資、経済協力に関する事項を盛り込む。また、分野ごとに分けて交渉を行う。

3.合意しやすいものから難しいものへと、順序だてて漸進的に推進する(「先易後難・循序漸進」の原則)。

4.できる限り早くECFAの交渉・署名を進める。

 
 しかしながら、その直後、台湾経済部の林聖忠次長が「次回の中台民間トップ会談(第5回江陳会談)が開催される5~6月に締結したいが非常に困難だ」と発言、ECFAの交渉が一筋縄では行かないとの見方が提示された(本紙2010年1月28日)。

中国側にくすぶる不満
 
 こうした事態は、中国側のECFA研究報告の要約が提示された段階で、ある程度予想がついていた。09年10月13日に中国側研究報告には、次の文言が盛り込まれていたからである。

5.両岸ともにWTOメンバーゆえ、(台湾が中国に適用している)差別的規制を廃止すべき。

6.大陸の平均関税率は台湾よりも高く、一部の産業の発展水準は台湾よりも低い。両岸貿易の自由化を進めれば、大陸側のほうがより大きな衝撃を受ける。


 前者5の中国政府の主張は、まずは台湾側が原則として中国にも他のWTOメンバー同様の待遇を与えるべきであり(「正常化」)、その上ではじめてECFAに基づく優遇措置の相互付与について話し合えるということを示唆している。台湾側が中国製品・企業を差別しているにもかかわらず、中国側は台湾製品・企業に便宜を図ってきたとの不満をもつ中国人は少なくはないようだ。事の真偽は別として、こうした「温情措置」の結果、「中国の一部業種は台湾の『植民地』になっている」とみる中国の学者すらいる。

警戒感を強める台湾側
 
 しかし、馬英九政権は、選挙公約として中国製農産品に対する輸入規制は撤廃しないとしてきた。今回の交渉でも、「農産品の問題は経済問題であるばかりでなく、社会問題でもある」と述べ、中国側に理解を求めている。内需依存型の労働集約型製品についても、中国製品を特定した輸入規制を維持したいと台湾側が主張している。

 また、中国に他のWTOメンバー同様の待遇を与えた場合、得るものよりも失うもののほうが大きいとの見方が台湾側にはある。例えば、そのような待遇を中国側に与えた場合、中国の金融機関は台湾で基本的に地場系金融機関同様の業務を行うことができるようになる。しかし、中国はWTO加盟時に台湾ほどの金融市場の開放を約束していない。そのため、中国との金融覚書(MOU)締結により、他のWTOメンバー同様の待遇で、台湾の金融機関が中国市場に参入できるようになったとしても、出資規制や業務規制を受け、中国地場系金融機関ほどの待遇は得られない。ECFAが締結されれば、台湾は他のWTOメンバーと比べて有利な条件で中国金融市場に参入できることになろうが、中国側がこれらの規制を完全に撤廃するかどうかも未詳である。

 さらに言えば、仮にECFAの下で中国側が出資規制を撤廃したとしても、中台の金融機関の資産規模が違い過ぎるため、台湾の金融機関が中国の大手銀行を買収することは事実上困難、しかし逆は十分可能である、との懸念も台湾では聞かれる(ちなみに、台湾の全地場銀行の資産は08年末で9,606億米ドル、中国四大商業銀行だけで 4兆6,660億米ドル)。こうしたことから、台湾側は経済規模の大幅な違いを加味し、WTOルール違反となる対中差別的な待遇を今後も一定程度温存させてほしいと、中国側に要求しているものとみられる。

 上記6のように、中国側も、台湾が強い競争力を持つ製品についてはゼロ関税の付与を渋っている。そうした製品については、関税を引き下げず、中国に生産拠点を移転するよう仕向け、中国の産業高度化のエンジンとするという算段が中国側に働く可能性もある。こうした利害の対立があるからこそ、アーリーハーベスト方式の採用で両者が合意したわけではあるが、そのリストの作成、関税率引き下げスケジュールの策定をめぐって、今後激しい交渉が行われることになりそうだ。

内政・外交が進展に影響も
 
 そのほかにも争点はある。台湾側は中国側が約束を遵守しなかった場合などにECFAを破棄できるよう、いわゆる「終止条項」を盛り込もうとしているが、それが中国側の反対を招く恐れもある(蔡宏明・前国家安全会議諮問委員の見解、『経済日報』10年1月29日)。

 12年の台湾総統選挙、ポスト胡錦涛体制を形作る第18回党大会を控えているだけに、ECFA締結を中台双方が急ぐという見方も成り立ちうる。ただし、上記の争点に加え、内政・外交の動向に交渉が左右されるのが中台関係の常であるだけに、いつ、いかなる形でECFAが署名されるのかは予断を許さない。
 
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟
 

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