中台間の貿易構造は近年ますます非対称的な形へと変わりつつある。それをどのように評価するかが、ECFA締結の是非とも大きくかかわっている。
まず中国の貿易に占める対台湾貿易のシェアをみると、輸出入いずれもシェアが低下している(図表1)。とりわけ、中国の輸入総額に占める台湾からの輸入のシェア低下が顕著である。中国側の税関統計によると、2002年時点で台湾のシェアは12.9%に達していたが、それをピークに09年には8.5%にまで低下している(図表2)。なかでもシェアの落ち込みが激しいのが、金属類、プラスチック・ゴム類である。01年対比、09年のシェアがそれぞれ10.5%ポイント、8.2%ポイントも縮小している。機械類、繊維類も同期間にシェアが7.2%ポイント、6.5%ポイント低下している。また、2000年代に入り中国輸入市場でシェアを拡大させてきた光学機器類(液晶パネル等)、電機類についても、足下シェアが低下している。
賛成派・反対派、その主張
こうした状況を脱するためにも、ECFA(海峡両岸経済協力枠組み協議)の早期締結が必要というのが馬英九政権の主張である。具体的には、(1)中国政府がこれらの製品の関税率を高めに維持しているがゆえに、台湾企業は対中輸出ではなく、対中投資を選択せざるを得なくなっている(2)しかも、中国はASEANに対してゼロ関税の適用範囲を拡大しており、台湾の輸出競争力は低下している(3)台湾の対中輸出活性化のためには、これらのマイナス要因を取り除くことができるECFAが必要不可欠だ──との主張である。
一方、台湾の対中貿易依存度は上昇しつづけている(図表1)。台湾の輸出総額に占める対中輸出のシェアは2009年時点で30.5%にまで拡大している。台湾の輸入総額に占める対中輸入のシェアも2009年時点で14.1%にまで上昇してきている。
民主進歩党(民進党)や台湾団結聯盟(台聯)などがECFA締結に対して反対運動を強化する動きを見せているが、その背後には、(1)ECFA締結により対中輸入規制の削減を余儀なくされ、台湾産業がダメージを受ける(2)ECFA締結により、輸出入ともに中国に対する依存度がいっそう高まり、経済的手段をテコとした中国の統一攻勢を受けやすくなる──との考え方がある。
台湾にプラス効果も、過大な期待は禁物
双方の主張ともに一理あることは確かだが、巨視的にみた場合、台湾経済の発展にとってECFA締結はプラスに作用すると考えられる。中国市場を開拓する上で、障害が少ないほうがよいことは論を待たないからである。また、中国製品との競争激化による競争劣位産業へのダメージも想定されるものの、競争劣位産業の保護は台湾経済の発展の足かせとなる恐れもある。安価な中国製品が調達可能になることは、経済厚生の増大にもつながる。
ただし、同時にECFAが台湾経済にもたらす成長促進効果を過大視するのも間違いである。関税率引き下げなどの貿易障壁の削減により中国市場の開拓に有利な環境が形成されたとしても、台湾内において新たな産業が勃興してこなければ成長はおぼつかない。2000年代半ばにかけて、中国輸入市場における台湾の電機類・光学機器類のシェア拡大が起こったのは、液晶パネル産業や半導体産業が勃興・発展したからにほかならない。中国市場の開拓を図るにせよ、中国以外の市場開拓による輸出構造の分散を図るにせよ、台湾の産官学を挙げたイノベーション推進こそが鍵を握る。
産業競争力の強化こそがカギ
対中貿易依存度の高まりによる対中交渉力の低下懸念についてはどうか。中国にとって対台湾政策の遂行上、動員可能な資源が増えるという面は確かにある。ただし、経済制裁により政治的目的を達成することは容易ではなく、その政治的目的が高いほど、成功確率は低くなるというのが過去の経済制裁に関する専門家の結論である(図表3)。また、台湾の対中依存度の方が中国の対台湾依存度に比べて高くとも、質の面で台湾が国際分業の中で欠くべからざる機能を果たすことができれば、中国政府が経済制裁をする上でのハードルは高くなる。対中交渉力という面でも、台湾内の産業競争力強化は非常に重要な課題に思われるのである。
このようにECFAへの賛否いずれの立場をとるにせよ、台湾内の産業競争力強化をいかに図るかが試されているのであり、その点をめぐる良質な議論が活性化することを期待したい。
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟