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作成日:2010年6月15日_記事番号:T00023385
台湾経済 潮流を読む
第38回 負面教材
台湾人の旧友宅にて仕事の話や日本・台湾の最近の出来事についてとりとめもなく話をしていたとき、その友人が「台湾が抱えている問題と日本が抱えている問題はよく似ている」、「日本は問題の深刻さという点で台湾の先を行っている」、それだけに「台湾は『負面教材』として日本のことをしっかりと勉強しなければならない」が、「台湾の官僚はその重要性をよく分かっていない」と力説していた。
台湾においても財政規律の維持が意識されるようになってきている。世界金融危機時に積極財政策がとられたことで、中央政府の債務残高の対GNP(国民総生産)比率が公共債務法で定められた40%の上限に近づきつつあるからである(2010年度で35.1%)。無論、その規模は日本の200%強という水準には達していない。また台湾も日本同様、貯蓄率が高く、公債のファイナンスを海外資金に頼る必要はない。しかし、「交通量の少ない高速道路の建設などハコ物の建設が今後も続いていくのではないか」、「地方政府の財政状況の苦しさは大規模な改革なくして解消されない」といった強い懸念が当の友人にはあるようだ。それゆえに、「日本がなぜここまで財政赤字を垂れ流すに至ったのか、しっかりと研究する必要がある」と友人は力説していたのである。
財政問題以外にも、少子高齢化問題、「1本足打法」(経済産業省「産業構造ビジョン2010骨子案」2010年6月)とも揶揄(やゆ)される輸出産業の裾野の幅の縮小問題(日本の場合、自動車産業、台湾の場合、半導体・液晶産業への依存度の高さ)など、日台共通の問題点はある。そうした問題の深刻度において日本のほうが先を行っている面があることも確かである。
「なぜ日本に学ぶ必要があるのか」
「負面教材」であっても日本に強い関心を持ってくれることは喜ばしいと思えなくもないが、やはり「負面教材」としてみられることは悲しいことである。さらには「教材」とすら意識されず、「負面」(マイナスの面)しか目に付かないという事態にもなりかねない。日本の制度疲労、そしてその治療に手こずっている政治の停滞は、経済産業省などが推進しようとしている「制度」「インフラ」の海外輸出を阻む障害となっている。現に、その友人が台湾の地方政府関係者に日本のPFI(民間資金を活用した社会資本整備)の事例を紹介しようとしたところ、なぜ英国やフランスではなく、日本の勉強などしなければならないのだ、という反応が返ってきたそうである。
英国などがPFIで先行したということに加え、日本の財政問題がこれらの国々以上に深刻であるというイメージが日本のPFIの仕組みの良否を超えて意識されてしまっているようである。折しも、「愛台12建設」における民間資金活用の枠拡大が図られようとしているだけに、こうした反応が一部かもしれないが台湾の官界にあることは日本企業にとって不利だといわざるをえない。
6月8日に菅政権が発足、「強い経済、強い財政、強い社会保障を一体として実現する」と表明した。具体的にその道筋をどのようにつけるのか、新政権の手腕が問われていることは確かであるが、財界も国民も個々人の利害に過度に執着するのではなく、日本というブランド自体が問われているという意識をより強くもち、共有すべき時期が来ているように思われる。
みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟