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第15回 「逆経済難民」からの脱却を目指して


ニュース その他分野 作成日:2008年7月15日_記事番号:T00008814

台湾経済 潮流を読む

第15回 「逆経済難民」からの脱却を目指して

 
~「中国+α」戦略をめぐる迷いと「台商回台」~

 最近、台湾企業が海外から台湾に戻ってくるケースが増えているようだ。台湾経済部投資業務処は海外の台湾系企業が台湾に回帰し、投資するのを促すためのスキームを提供している。具体的な台湾での投資計画を持つと判断され、優遇措置の適用を受けている在外台湾系企業の数は2006年9月~08年4月の間に合計146社に達しており、計画投資額は138億台湾元(約486億円)とのことである。それまでは月に1件の申請があるかどうかだった(『新浪網』08年6月7日)。また、台湾内の工業団地の価格も、自社用の購入のみならず、投機的な取引も呼び込む形で、上昇していると伝えられている(『工商時報』08年6月15日)。

 その背景には、中国の投資環境の変化があることは言うまでもない。実際、台湾に回帰した上記146社のうち、在中国台湾系企業の申請数は96件と全体の66%に達している。「商業周刊」08年6月2~8日号が「中国が変わった、台湾企業大逃亡」という特集を組んでいるが、

1)今年1月の外資優遇法人税率の段階的廃止(07年の15%から12年までに25%に段階的に引き上げ)
2)同じく今年1月の労働合同法(労働契約法)の導入による労働コストの増加
3)07年7月の輸出増値税の還付率引き下げ、加工貿易制限品目に該当する輸入部材に係る関税・増値税相当額の保証金納付義務
4)人民元高
5)賃金上昇
6)環境保護コストの高まり

──などさまざまな環境変化を背景に、中国から脱出を図った台湾企業の事例が紹介されている。

 「大逃亡」というのは必ずしも台湾企業の全体的な姿を表しているわけではなく、多くの台湾企業は依然として中国を最も重要な事業展開先と位置づけているが、投資先の分散を考える台湾企業が増えていることは確かだろう。07年初頭に行なわれたアンケート調査では、完全に中国から撤退、対中投資の縮小を今後3年の戦略とする台湾企業は少数だが、対中投資を増やす一方で、他国への投資も増やすという分散戦略を描いている企業が4分の1強に達していた(図表1)。当時と比べて現在その比率がその後の中国政府の政策変更によって上がっている可能性は否定できない。

 中国からの投資の分散先、移転先としてこれまで台湾企業が最も注目してきたのが、ベトナムである。鴻海精密工業や仁宝電脳工業(コンパル・エレクトロニクス)など大手のIT(情報技術)機器メーカーが大規模な投資計画を発表したのも記憶に新しい。しかしながら、そのベトナムで金融危機がささやかれ、インフレを背景とした労働争議が頻発している。
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 ベトナムを輸出基地と位置づけている台湾企業の中には、今般のドン安を歓迎する声もあるが、投資環境の不安定性から投資計画を見直す動きも出てきている。そのほかには、インドネシア、カンボジア、バングラデシュ、インドなどが候補地として上がっているものの、投資環境は必ずしも良好ではなく、文化的・言語的なギャップも小さくはない。特に中小企業にとってはハードルも高い。

 そうした「中国+α」戦略をめぐる迷いの中から、経済水準の高い国から低い国へと渡り歩く「逆経済難民」のような投資行動の限界がより強く意識され、台湾に回帰する動きが目立つようになってきているのではないかと考えられる。台湾への回帰や台湾での増資意欲のある台湾企業は、単に事業環境が悪化した投資先から逃げ帰るというよりも、むしろ台湾にある人材を活用して技術力を磨き直し、海外との分業関係を再構築しようという志向が強いことが分かっている(経済部投資業務処『台商回台投資』2007年)。

 むろん台湾のコストが途上国よりも高いことは明白であり、新たな高みを目指した台湾回帰の試みを成功させることは決して容易ではない。ただし、先行的に中国から台湾に回帰した企業の中には、台湾の技術者・研究者・産業クラスターの活用により、製品の高度化に成功し、売り上げや利益率の大幅増を実現する企業も出てきているようだ(『商業周刊』2008年6月2~8日号)。
 こうした試みが、前回指摘した低下傾向にある台湾製造業の付加価値率低下を食い止め、引き上げることにつながっていく。また、現在迷いの中にある「中国+α」戦略の成功率を高めるうえでも、この模索は重要である。投資先で直面する言語・文化の違いや投資環境の問題というハンディキャップを克服し、事業に導くためには、技術や経営ノウハウをはじめとする優れた経営資源が必要不可欠だからである。

 「イノベーションの揺りかご」としての台湾の見直し機運を高め、こうした台湾企業の取り組みを支えるような環境をどの程度整備できるのか。この明確な答えのない課題を実現するためには、世界経済の変調に伴う株価下落やインフレの衝撃を弱めるために腐心するだけでなく、中長期的な視野に立った地道なイノベーションシステムの磨き上げにも高い関心が払われる必要がある。馬英九政権の取り組みが注目される。


みずほ総合研究所 アジア調査部主任研究員 伊藤信悟

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