馬英九総統が5月20日就任し、中国国民党が8年ぶりに政権の座に返り咲いた。総統の座をめぐる選挙戦の最中、「馬上好」というスローガンが唱えられてきた。つまり、「馬」英九政権が誕生したら(「上」台)、すぐに(「馬上」)世の中は良くなる(「好」)という意味である。しかし、5月28日には、値上げが凍結されてきたエネルギー価格が引き上げられ、7月1日、10月1日には電気料金が2段階に分けて値上げされることになった。その結果、馬英九政権が誕生したら、すぐに物価が上がった(「馬上漲」)と揶揄(やゆ)されるようになっている。4月28日の中国時報のアンケート調査によると、台湾市民が現在最も切実な問題と感じているのは「インフレ」で、馬英九政権にとっては苦渋の選択であったことだろう。
インフレの発端は、2003年ごろからの輸入原材料の価格高騰である。台湾の輸入物価指数は03年1月から08年5月の間に51.4%上昇している。その一方で、輸出価格指数は03年1月~08年5月の間にわずか3.2%しか上昇していない。つまり、台湾は高い金を出して海外から原材料を仕入れ、海外に出荷する際には価格に転嫁しにくい状況に置かれてきたと言えるのである(「交易条件の悪化」)。
交易条件の悪化とは、それだけ海外に所得が流出していることと同義である。そのため、交易条件の変化による所得の流出入を加味した実際の台湾の所得の伸び(実質GNI成長率)は、実質GNP成長率が示すよりも低くなっている。03~07年の年平均実質GNP成長率は5.1%だが、実質GNI成長率は3.2%にとどまっている。実質GNP成長率が示すよりも景気を悪く感じる一端は、ここにあると考えられる。
物価高の家計負担始まる
中でも、そのあおりを受けてきたのが家計である。台湾が稼いだ付加価値は、雇用者報酬(労働者への賃金支払い)、企業収益、純間接税(間接税-補助金)、固定資本減耗という形で、それぞれ家計、企業、政府、減価償却に分配される。そもそも台湾が労働集約型から資本・技術集約型へと産業構造が高度化する中、雇用者報酬への分配比率が90年代以降低下傾向にあるが、交易条件が悪化する中でよりいっそう低下している(図表)。
さらに家計は直接的にインフレに苛まれることになった。07年中ごろまでは輸入物価は上がっても、消費者物価にはそれほど波及しなかった。しかし、それ以降は企業収益の圧縮を背景に、生鮮食品の価格上昇が加工食品に及び、エネルギー価格が上昇したことで、消費者物価上昇率が高まったのである。その結果、ただでさえ賃金が上がりにくいのに、消費者物価の高騰によって実質賃金が目減りしてしまう状況が生じている。
さらには、従来は台湾中油や台湾電力が政策的にエネルギーコストの上昇を被ってきたが、両者がそのコスト負担に耐えられなくなってきており、今般のエネルギー・電力価格の引き上げを通じて家計にも負担が求められることになったのである。今回の値上げはこれらの公営企業の経営健全化にとって必要不可欠で適切な措置であったが、家計にとっては「雪上加霜(泣きっ面に蜂)」になったことは否めない。この3四半期、台湾経済は6%を超える成長を続けているにもかかわらず、個人消費の実質伸び率がそれよりもはるかに低い水準にとどまっているのは、こうした一連の物価上昇により家計の所得が伸び悩んでいるからなのである。
馬英九政権は、中国人観光客の受け入れ枠の拡大やサービス産業の育成、「愛台12建設」という総額3兆9,900億台湾元(約14兆円)に上る8カ年の大型投資計画の遂行を通じて、就業機会を創出し、個人消費を喚起しようとしている。また、馬英九政権は「負の所得税」とよばれる低所得者を対象とした就労所得の上昇に合わせた補助金の支給や、さまざまな所得税上の控除枠の拡大など、財政的手段を通じて個人消費の活性化を図ろうとしているが、こうした一連の措置が実行に移されるまでには時間がかかる。さらに国際原油価格が高騰する中、当面は個人消費の高い伸びを期待しにくい状況が続くとみたほうがよいだろう。
みずほ総合研究所 アジア調査部 伊藤信悟