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第61回 台湾企業との特許侵害訴訟における着眼点


ニュース 法律 作成日:2010年3月10日_記事番号:T00021381

産業時事の法律講座

第61回 台湾企業との特許侵害訴訟における着眼点

 
 前回、本コラムでお伝えしたように、台湾の広明光電(クアンタ・ストレージ)と、日本のリコーの間で争われていた特許訴訟は広明光電が惨敗しました。判決が確定すれば広明光電は4億7,000万台湾元の損害賠償を支払うことになります。

 広明光電の訴訟のような、台湾企業が米国や日本において特許侵害で提訴され、巨額の損害賠償に至るというケースは決して珍しいものではありません。こうした案件には以下の共通点があります。

1)外国で起訴されるが、原告がその国の企業とは限らない

2)判決が出る前に和解が成立することが多い

3)台湾企業が賠償金を支払うケースが多い


 読者の方々もご存じのとおり、台湾の裁判所も外国の裁判所の判決を承認します。外国の裁判所の判決を台湾で執行する場合、判決が確定していることが条件で、また、台湾の裁判所の認可を改めて受けねばならないなど、多くの時間と手間がかかります。しかしそれでも、特許権利者は台湾企業を提訴するに当たって、米国や日本などの先進国での裁判を選択します。

海外での提訴に合理性

 筆者の分析によると、特許権利者が地の利を捨ててまで外国で提訴するのは、判決額と訴訟費用の2点を考慮してのことです。

 台湾の裁判所が特許侵害の損害賠償訴訟で下す判決額は通常とても低いものです。このため、権利の侵害を防げないばかりか、特許権利者の損害を補うことすらできていません。8,000万元の損害賠償を認めた判例もありますが、一般には、数百万元の損害賠償を認める判決すら珍しいのが現状です。米国での裁判の場合、ともすれば数百万米ドルの賠償判決が下されることもあるため、米国で提訴するという判断は比較的合理的です。

 また、日本での過去10年ほどの裁判の判決額と審理スピードも、特許権利者が日本での提訴を選択する動機になり得ると言えます。

 訴訟費用の面で言えば、米国では起訴にしろ応訴にしろ、一般に弁護士費用は100万米ドル単位でかかってしまいます。これは特許権利者にとって負担ではありますが、台湾の被告にとっても大きな圧力となります。なぜならば台湾の費用水準は世界的に見てまだまだ低いものであるためです。同じ金額でも、米国企業、日本企業、台湾企業にとって、持つ意味はそれぞれ異なります。

弁護士費用で「降参」

 また、台湾企業の特徴はコストを抑えた高品質製品の製造にあります。台湾企業の多くは利益を極力抑えることで海外の顧客からの受注を勝ち取っていますが、こうした事業モデルの場合、100万米ドルの弁護士費用は、1カ月に生産する特定1種類の製品利益に匹敵することでしょう。個々の部門が独立採算主義をとっていることの多い台湾企業にとっては、董事会が強く支持する場合を除いて、部門の管理職者が米国での裁判を「最後まで戦い抜く」ことは困難でしょう。

 1990年代、台湾企業は米国で提訴された特許侵害訴訟で、法廷に出席しないどころか、弁護士すら用意しないことがほとんどでした。また、過去10年においても証拠に対する調査(Discovery)が着手されるや直ちに「降参」する場合がほとんどでしたが、その主な原因は弁護士費用にあります。

 台湾企業は一般には勝ち目のない裁判でも最後まで戦い抜こうという傾向がありますが、米国での訴訟で1,000万米ドル以下の金額で和解できるのであれば、「費用を支払う相手が弁護士から原告に変わっただけ」と考えて和解を選びます。このため「戦わずして負ける」という訴訟案件が多く発生するのです。

 以前、リコーは台湾のある光学ディスクドライブメーカーとこのような経緯を経て和解し、多額の和解金を得た上で、ライセンス契約も締結できました。

顧客の支持と法務予算が鍵

 台湾企業の特許侵害訴訟では、どれほどの弁護士費用が支払われたかに着目しなければなりません。台湾企業が米国での訴訟に勝訴したとしても、かかった弁護士費用を相手側に請求できるとは限らりません。弁護士費用と勝ち取った賠償額が同じ程度、または弁護士費用の方が高い場合、ビジネス的に見ればその訴訟を「最後まで戦い抜く」ことは合理的な判断とは言えません。このような決定を下した管理職者は、勝訴したとしても職を失うことになるでしょう。

 さらに、台湾企業の製品は自社ブランドでないことが多く、その場合、訴訟で争うか、または和解をするかどうかは顧客の姿勢にかかっています。仮に顧客が、係争対象の製品が将来的に裁判所の判断で使用や販売できなくなる恐れがあると判断したり、さらには単に特許侵害で提訴されたようなメーカーと協力関係を続けたくないと考えれば、台湾メーカーには和解を迫る大きな圧力となるでしょう。台湾企業が特許侵害訴訟に勝訴するためには、顧客の強力な支持と、法務面の予算は前提条件となります。どちらか一つでもそろわない場合、降参して損害賠償を支払う以外ありません。

 台湾企業と特許侵害に関する交渉を行う際に、どのような角度から相手の考えを分析すればいいのか、さらにはどのような方向で切り込めば問題の早期解決を図れ、双方が納得のゆく結論を得ることができるのか。それを判断する上で、筆者の分析が参考になるのであれば幸いです。


徐宏昇弁護士事務所
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