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第62回 王清峰法務部長の辞任から考える


ニュース 法律 作成日:2010年3月24日_記事番号:T00021670

産業時事の法律講座

第62回 王清峰法務部長の辞任から考える

 
 王清峰・前法務部長(法相)が死刑執行を停止すべきとの声明を発表して強い批判を浴び、辞任を余儀なくされました。「私が死刑囚の代わりに処刑されても構わない。それでも私は死刑を執行しない」というインパクトのある発言は、彼女が今後再び弁護士事務所を開くのであれば、これ以上ない宣伝広告となったことでしょう。

 台湾は1990年代中盤までは多くの死刑を執行していました。しかし、98年から減少が始まり、01年以降は執行しない傾向となって、07年以降は1件の執行もなされていません。現在、執行待ちの死刑囚は44人に上っています。

 さらに最高裁判所、および各高等裁判所の差し戻し審では、高裁で死刑または無期懲役を宣告された被告が最後の判決を待っています。しかし、これらの案件は数年前に新たな刑事訴訟制度が導入されたことで、刑の確定が難しくなっています。

 簡単に言えば、新しい刑事訴訟法を導入する以前は、「供述」さえあれば有罪判決を下せましたが、導入後は犯行を具体的に裏付ける証拠がなければ有罪判決を下せなくなったのです。以前は刑の確定に十分だった証拠でも、現在は「不十分」と判断される恐れがあります。そして、現在既に死刑・無期懲役が確定している案件の多くは、いずれも新制度が導入される以前に判決が下されたものです。現在最高裁に上訴中、または高裁に差し戻し中の死刑・無期懲役判決の案件も、判決はすべて新制度導入以前に下されています。
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自白偏重主義の弊害

 以前は、警察・検察は犯人が罪を認める供述をすれば犯罪が成立するという自白偏重主義が横行し、その他の証拠は重要ではないとの判断の下、証拠を収集しませんでした。しかし、これらの案件の証拠を今さら収集するのは不可能です。

 筆者はかつて死刑判決撤回を求める運動を含め、死刑囚の当番弁護士も何度も担当したことがありますが、その中で、被告の犯行を認める供述と、共犯者の証人供述だけが存在し、その他の証拠が一切ないのに死刑を宣告された案件に出会ったことがあります。さらに、法医学者が推定した死亡日時と、実際の日時の間に10日間の時間差があるケースすらありました。

 死刑執行待ちのすべての案件で具体的な証拠がないとは言えませんが、しかし死刑案件が法相の机の上に置かれた場合、正常な思考の持ち主であれば慎重になるのは当然です。最終的に死刑を執行しないのも、正常な選択肢の一つといえます。

証拠不十分の有罪判決も

 読者の中には、あやふやな証拠が含まれているケースもあるならば最高裁はなぜ死刑判決を認めるのか、と考える人もいるかもしれません。

 その理由は、裁判官が判決を下す際に、被告が本当に犯罪を犯したのかのみを認定するわけではなく、被告、被害者、家族および検察官や警察官の、あらゆる関係者の立場を考慮するためと言えます。仮に「証拠不十分」の案件に当たったとしても、裁判官の多くは無罪とは判断しません。裁判官たちは、無罪にした場合犯人は逃げてしまわないか、被害者の受けた傷はどう補うのか、必死で捜査に当たった警察に衝撃を与えないか、被告の再犯や他の類似犯罪者を助長しないかなど、さまざまな側面について考えをめぐらせます。

 台湾は司法改革をしてまだ間もないため、裁判官はこれら多方面の関係者の立場を考慮した結果、たとえ証拠不十分であっても有罪判決、ひいては死刑を宣告する可能性があります。台湾の最高裁の下級裁判所の判決に対する審査は厳格ですが、厳格さにも限界はあります。判決の間違いが大きなものでない限り、最高裁は原判決を維持してしまう面があります。

 こうした背景の下、多くの死刑・無期懲役案件が高等裁判所と最高裁判所の間でたらい回しにされ、確定できないでいる実態があります。最高裁は、破棄または差戻し判断がなされず維持された判決には瑕疵(かし)がないとは表明していませんが、証拠不足、論理上の間違い、科学的原則に対する違反、因果関係上の問題が含まれた判決があるのは隠しようがありません。

犯罪捜査の正確性高める努力を

 筆者の分析が正しければ、この現象の改善に最も力を発揮できるのは法務部長自身です。法務部長が2年の任期中に、立法院から一定程度の予算を勝ち取り、調査局(法務部所属)と刑事警察局(内政部所属)の鑑識(forensic science、法医学)人材と設備を拡大し、重大事件にかかわる検察官の訓練を集中して行えば、犯罪捜査の正確性を大きく高めることができ、それは法務部長が確信を持って死刑の最終判断をできることにつながります。

 王前法務部長は残念ながら任期中にこうした取り組みを行わなかったばかりか、結果的に死刑廃止を馬英九政権のタブーとしてしまいました(馬総統はかつて法務部長職にあった3年間に70人以上の死刑を執行しています)。このため、後任の法務部長が重大事件の判決の正確性を高める方向に進もうとしても、困難さが伴うことでしょう。


徐宏昇弁護士事務所
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