ワイズコンサルティング・グループ

HOME サービス紹介 コラム 会社概要 採用情報 お問い合わせ

コンサルティング リサーチ セミナー 在台日本人にPR 経済ニュース 労務顧問会員

第95回 「専利銀行」


ニュース 法律 作成日:2011年8月10日_記事番号:T00031810

産業時事の法律講座

第95回 「専利銀行」

 台湾の大手スマートフォンメーカー、宏達国際電子(HTC)が、アップルの特許を侵害しているとされる事件について、米国際貿易委員会(ITC)は7月15日、HTCのアンドロイド搭載スマートフォンがアップルの特許2項目を侵害しているとの判断を下しました。これにより、HTCは米国での販売に影響が出るとの懸念が出ています。

  これに対してHTCは、アップルがEU(欧州連合)においても同様の訴訟を提起することを防ぐため、アップルの特許が無効である旨の訴えを提起しました。

 一方、台湾政府は「訴訟防御」になり得る特許を外部から購入し、海外大手企業からの特許訴訟に対抗するという、「専利銀行」いわゆる「知的財産銀行(IPバンク)」構想を表明、今年8月末までにスマートフォン関連特許の購入基金を設立することで意見をまとめました。

 報道によると、「専利銀行」は工業技術研究院(工研院)の「技術移転センター」主導の下、会員企業が費用を拠出、場合によっては国家開発基金を利用して運営されるそうです。初期段階においては、全体の主導権を握る工研院自らが、主な特許購入の対象となるでしょう。

工研院特許の「質」は防御たり得るか

 「専利銀行」の話題に関して、最も注目を集めている点は、政府が台湾企業と外国企業間の特許紛争に「首をつっこむ」という点にほかなりません。しかし、筆者から見ると、工研院はこの話題に乗じて、これまで多くの経費を投じて申請・維持してきたにもかかわらず、これといった利益を生んでいなかった特許を転売・ライセンス化することで、利益を挙げようとしているように見えます。

 ご存じのように、特許紛争を左右するのは、当該特許の質です。同様に「専利銀行」を設立し特許を購入することで、海外メーカーに対抗したり、将来の不測の事態に備えるには、購入する特許の質が鍵となります。

 工研院は中央研究院と並んで、台湾で最も研究開発費を使用できる機関の一つで、その研究は「業界」が「いま現在」必要としている、いわゆる「応用技術」が中心となっています。そのため、台湾内部で特許購入先を考えた場合、工研院の右に出るものはないでしょう。しかし、工研院は10年前から特許の収益化を始め、ライセンス事業、オークション事業などに力を入れてきましたが、いずれもコストに見合った収益を挙げることはできていません。

 さらに工研院は、台湾または外国においてその特許権を主張し、裁判所の支持を得たことがこれまで一度もありません。そのような特許が、果たして本当に台湾企業の「訴訟防御」になり得るのか、疑問が残ります。

 産業界では過去、多くの小企業が、自ら保有する特許を基に大手企業に対して権利を主張し、多額の権利金を獲得してきました。また今回HTCは、ITCの判断を受けた後に幾つかのスマートフォンに関する特許を有する企業を買収しました。「専利銀行」も小企業から特許を購入することを考えているのでしょう。

「勝利」特許で抵抗できるとは限らない

 しかし、このような考えを抱くということは、「特許侵害訴訟のメカニズム」を理解していない証拠と言わざるを得ません。

 多くの大企業の法務担当者は、企業のオーナーではないため、自分の地位を守ることが訴訟に勝利することに優先します。そのため、特許訴訟に挑む際には、最も高額の弁護士を用意して敗訴の責任から逃れようとします。

 このような大企業に対して、小企業がわずかな特許に対する権利を主張した場合、大企業はまず、相手側が主張する賠償額と、必要と考えられる訴訟費用を比較します。そして裁判にかかる費用が請求金額を上回ると判断した場合、訴訟を回避する方向で問題を解決します。

 しかし、このような経緯で「勝利」した特許は、他の企業に対してもその権利を主張できるとは限りません。そもそも本当に権利が侵害されたのかどうかは、未知数のままなのです。

 台湾企業がこれら「戦歴輝かしい」特許を小企業から購入し、大企業からの訴訟に対抗しようとした場合、購入にかかった金額はまったく意味を持ちません。なぜなら相手企業は当然、正面から争う必要性を検討し、この特許の価値を客観的に評価し直すからです。

 さらに、「専利銀行」の問題点として、同業者が共同出資し、特許を購入する点が挙げられます。特に台湾企業は互いにし烈な競争は行いますが、協力して外敵に立ち向かったことはあまりありません。しかも、業界で独占権を備える特許を購入することは、市場の公正な競争を損なう恐れがあり、公平取引法違反で罰則の対象となる可能性があります。

「試さないと気が済まない」台湾企業

 「専利銀行」に実現の可能性があるかはともかく、今回の動きから見る限り、多くの人が「特許を大量購入する方法は有効だ」と考えていることは明らかです。

 かつて、韓国企業が世界中で大量の特許を購入したものの、競争上有利な地位を得る要因とはならなかったことが分かっています。しかし、台湾企業は「試してみなければ気が済まない性格」は治っていないようです。

 今回のHTCの案件は、台湾企業が特許の大量購入を開始する大きなきっかけとなるかもしれません。米国で特許を登録している企業は、この機会に台湾企業に高値で特許を売って、特許利益の実現を図ってみるのもいいでしょう。


徐宏昇弁護士事務所

TEL:02-2393-5620 
FAX:02-2321-3280
MAIL:hubert@hiteklaw.tw

 

 

産業時事の法律講座